PR

ニュース プレミアム

切った絆と哀愁と…鉛筆で描いた釜ケ崎の半世紀

 人目もはばからず昼間から歩道に座り込み酒を飲み交わすグループや、泥酔状態で寝そべる人たち-。簡易宿泊所が集まる大阪市西成区の「釜ケ崎(あいりん地区)」のリアルな日常を描いた画集「あゝ死と生の釜ヶ崎」(新風書房)が出版された。半世紀近く街を見続けてきた竹田繁司さん(84)が「釜ケ崎のありのままの姿を残したかった」と趣味で描いたスケッチをまとめた。街に集まる路上生活者や労働者の中には家族との絆をさまざまな事情で断ち切った人も多い。鉛筆書きのその絵からは、彼らの孤独や哀愁がにじみ出る。

(北村博子)

路上生活や炊き出し風景

 「暗がりトイレに軒下寝床。それが15年くらい前の西成名物でした」

 暗がりトイレは道端の暗闇で用を足すこと。また軒下寝床はあいりん労働福祉センターや店の軒先など雨の当たらない場所で、野宿をすることだという。

 竹田さんは奈良県五條市の出身だが、仕事の関係で50年ほど前、西成区に隣接する阿倍野区に移り住んだ。趣味の囲碁が高じて本業の傍ら、釜ケ崎に碁会所を開いたことから、同地区に出入りするようになったという。碁会所はすでに閉めたが、今はその建物に住んでいる。

霞町交差点で寝る人(「あゝ死と生の釜ヶ崎」から)
霞町交差点で寝る人(「あゝ死と生の釜ヶ崎」から)
その他の写真を見る(1/5枚)

 スケッチは、地面に寝転がる路上生活者の日常や、行列を作る公園での炊き出し、掘っ立て小屋で散髪する理容店や道路にゴザを敷いて物を並べた露店-など、昭和から平成にかけての風景や日雇い労働者たちの姿を描いた約130枚。すべて鉛筆画だ。

 記録に残そうと自身が撮影してきた写真から描き起こしたものが中心で、雑誌や新聞などに掲載された写真を参考に記憶を呼び起こした絵もあるという。

ドロボー風呂

 簡易宿泊施設の住人の一人が車にはねられた際の警察の対応をめぐって、住民らと警察が対立した昭和36年の「西成暴動」も記憶に色濃く残る出来事として、新聞記事の引用のほか、仲間たちの生の声などを交えて詳しく伝えている。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ