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「あいにく小説のレシピはない」 芥川賞受賞の古川真人さん

「背高泡立草」で芥川賞を受賞した古川真人さん=1月15日、東京都千代田区(川口良介撮影)
「背高泡立草」で芥川賞を受賞した古川真人さん=1月15日、東京都千代田区(川口良介撮影)

 芥川賞おめでとうございます、自分のことのように嬉(うれ)しいし、実力あってのことだと思うけど、でも、第一作目に描かれていたような混沌(こんとん)とした、ひとりの人間の内側を掘り下げつづけていく感じの世界にやっぱり私などは惹(ひ)かれていたから、今回の作風もまだまだ深化させていきつつ、またああした初期作で描こうとした部分に挑戦していってほしいなという気持ちもあったりします--というお褒め(?)の言葉を、ここ2週間ほどのあいだに2人から立て続けに頂戴したのだった。

 頂戴して、しかし、では、さて、書いた当人に何が言えるかといえば、つまるところ恐縮するほかないのであった。立て続けに言われたのはどちらも電話越しの相手からだったが、声を聞きながら、瞬間的に、そうおっしゃっていただけるのは嬉しいし、自分にとってもどうにか自分の表現したいものを、断片的ではあっても掴(つか)むことができたかなと思えた小説でしたから、あるいはまた再び、その断片をより大きく、今度はどっさりと掴み上げられたらとも思ってはいるのですが、でも--こう言い返したい気持ちもないわけでもなかった。が、実際には恐縮していることを示すためだけの相槌(あいづち)を返していた。

 なぜなら第一には、一切はすでに書かれてしまっている以上、仕事を終えた作者が自作についてああでもない、こうでもないと喋(しゃべ)ることに、何か、説明しがたい恥ずかしさを感じないではおれないものがあるためだった。第二に、そしてこれが自分にとって肝要な点だったが、ほかならない作者である自身にとっても、知り合いから連続して言われたことが分かっていつつ、でも--と口ごもってしまう何か、これもやはり説明しがたいものがあって、その先を筋道立てて話せないために相槌によって言われたことを一応は受け止めつつ、それとなく別の話題に移っていくよう仕向けるのであった。

 その何かとは何なのか。でも--という一言で、先にまで進むことのできないその何かとは何なのかといえば、結局のところ、秩序立っていってしまうということだった。そう、だから、もし口ごもらないのならば、自分は電話口で相手に向かって、でも、秩序立っていってしまうんです。あるいは腑分けされてしまうっていうか、物事の分別を小説っていう物語の血肉にそれぞれ、話の順番にしたがって、手元に材料が残らないで全部きれいに使い終わるよう勘案しつつ書いていったら、こうなっちゃったんです。

 最初に書いた、何もかも考えなしに放り込んで煮込みつづけて身も骨も跡かたなく溶けて混ざり合ったようなものを口に合うと言ってくれたのは嬉しいのですが、あいにくレシピがないんです。いまだったら、すっかり手順も呑(の)み込んでいるし、あらかじめレシピもあって、手際だって少しは良くなっています。そう……だから、秩序立ってしまうんです--すると相手はどう答えるだろうか。そりゃ器用貧乏っていうんだよ--こう言うだろうか。  (寄稿)

     

ふるかわ・まこと 昭和63年、福岡市生まれ。国学院大文学部中退。平成28年、「縫わんばならん」で新潮新人賞を受けてデビュー。今年1月に「背高泡立草(せいたかあわだちそう)」で第162回芥川賞。

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