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【一聞百見】ちゃっちゃとしなはれ! 朝ドラ「大久保さん」でロス現象 女優 三林京子さん

 「大阪のお芝居で大切なのは、やっぱり大阪弁ですね」という。「私は大阪で生まれ大阪で育ちました。そういうなかで、昔の大阪弁やさまざまな職業の人が使いはる大阪弁を大切にしたい。ときには台本の昔の大阪弁のセリフが不自然だと思ったら、ちょっと変えさせていただくこともあります」。それが三林さんの演じる人物にリアリティーを与えている。

 三林さんは実は伝統芸能の家の生まれ。父は文楽人形遣いの人間国宝だった二代目桐竹勘十郎さん。幼いころから古典に親しんで育ったことが、いまの豊かな芸を作ったのであろう。

■姉弟で父の背中追いかける

 「私が子供のころ、家は貧乏でした。でも夢と希望があった。そやから生き生きしていました」。三林さんの父、文楽人形遣いの二代目桐竹勘十郎さんはのちに人間国宝に上りつめるほどの名人。だが、三林さんが生まれたころ、文楽界は組合問題から因(ちなみ)会と三和(みつわ)会に分裂。勘十郎さんは後ろ盾のない三和会に属し、夜行列車を乗り継いで巡業するなど苦労を重ねた。

 「うちだけやない。文楽の人はみんな大変な時代やったんです。『勘十郎はんの家に行ったらなんかあるやろ』って、みんな、うちに食べに来ていました。当時、質屋さんがリヤカー引いて時々来られるんです。家中をみんなで探して、質草になるもんみんな持っていってもらって。現金が入るからその日だけはごちそう。私は子供で事情を知らなかったので、ただただ、うれしかったですねえ」

文楽人形遣いの父、二代目桐竹勘十郎さんの楽屋で。若き日の三林京子さん(本人提供)
文楽人形遣いの父、二代目桐竹勘十郎さんの楽屋で。若き日の三林京子さん(本人提供)
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 女性が人形遣いになれないのはわかっていたので、父の跡を継ぎたいという気持ちはなかった。だが利発で明るく美人、「小学校の成績はオール5」という優等生の娘を、「この子が男の子やったら」と父は惜しんだという。将来の道は中学時代に決まった。きっかけは、大阪・中座で行われた歌舞伎の若手による勉強会。雑用係で駆り出され、歌舞伎のおもしろさに心引かれた。「本当は裏方をやりたかったんですけど、当時は女性がほとんどいなかった。それなら女優かなと」。父に相談したところ、「弟子入りするんやったらかめへん」と言われ、父のツテで大女優、山田五十鈴(いすず)さんの付き人になった。

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