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「人間を知るには李承雨の小説を読めばよい」 注目される韓国の正統派作家

平成27年に来日した際、本紙のインタビューに応じた李承雨さん
平成27年に来日した際、本紙のインタビューに応じた李承雨さん

 女性を苦しめる差別を告発する『82年生まれ、キム・ジヨン』のヒットもあり、現代の韓国文学に光が当たっている。文芸誌の特集は反響を呼び、作品の邦訳出版も相次ぐ。韓国の李承雨さん(60)の小説はそんなブームの前から普遍的な世界文学と高い評価を受けてきた。

 ソウル神学大学を卒業した李さんは、20代で作家デビュー。大学で小説の創作も教える。神学を専攻した作家らしく、作品では人物の内面を密度の濃い文章で掘り下げる。その先に父と子、生と死といった人間存在の根幹をめぐる重い問いが広がる。『植物たちの私生活』(2000年)をはじめ主な作品が欧州で翻訳出版され、仏のノーベル賞作家、ル・クレジオ氏は「人間を知るには李承雨の小説を読めばよい」と絶賛している。

 作家本人も来日時のインタビューで、「人間の内面は善も悪も混在する複雑な宇宙。人間とは何か、人間らしく生きるためにはどうすればいいのかを小説を通して追求する。それが自分の作品の一貫した世界観だと思う」と語っている。

 大学院生の心の旅をつづる長編『真昼の視線』(金順姫訳、岩波書店)は象徴的だ。物語では、母子家庭で育った大学院生が父親不在の欠乏感に襲われ、父を探す旅に出る。だが38度線に近い町で出会えた父は、もはや自分を抱きしめてくれる存在ではない-。不在の父の探索行を通して見つめるのは「父の克服」という王道の主題。作中で抑圧するものとして認識される父は法律や国家といった権威とも重なる。「たとえ不在であっても抑圧するのが、父という存在。超越的であると同時に自分のなかに内在している。それは、避けられない“真昼の他人の視線”のように、誰もが常に意識せざるを得ない」

 一方、1990年代に発表した8編を収めた『香港パク』(金順姫訳、講談社)にはコミカルな味わいがある。表題作の舞台は傍若無人な社長が君臨する小出版社。社長のいじめを受けた男性社員があるとき、〈香港から船さえ入港してみろ、こんな職場辞めてやるよ〉と宣言する。事態が好転する保証はない。なのに、周囲の人々はこの男の言葉に淡い望みを抱き、過酷な現実に耐えようとする。就職難の時代を背景に普遍的な人間心理が浮き彫りになる。

 「生きづらい社会であればあるほど人は救世主を望む。人々の信仰の深さは社会の険悪さや厳しさを表している。救世主を持たないと生きていけないような現実を掘り下げて描きたい」

 毎年のように新作を出す多作な作家で、文学好きからの信頼は厚い。「重く観念的な作品が多いが、男女の三角関係を描く近作『愛の生涯』(未邦訳)ではエッセー風の読みやすい文章にも挑んでいる」と韓国文学に詳しい翻訳家、きむふなさん。韓国を代表する正統派文学者は読者の裾野も着実に広げつつある。

(文化部 海老沢類)

     

 イ・スンウ 1959年、韓国全羅南道生まれ。ソウル神学大卒。81年に『エリュシクトンの肖像』で作家デビュー。韓国国内で大山文学賞、東西文学賞などを受賞。主な邦訳に『生の裏面』『植物たちの私生活』など。

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