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【御朱印巡り】由緒正しく 真田家も崇敬 長野県上田市・山家神社

御朱印には「延喜式内」と記され、由緒ある神社だと教えてくれる。真田家ゆかりの六文銭と「信州真田」の朱印は、押森慎宮司が就任した平成18年から押印している(松本浩史撮影)
御朱印には「延喜式内」と記され、由緒ある神社だと教えてくれる。真田家ゆかりの六文銭と「信州真田」の朱印は、押森慎宮司が就任した平成18年から押印している(松本浩史撮影)
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 正確な創立年は不詳ながらも、平安時代、醍醐天皇の御代(みよ)に当たる延長5(927)年に編纂(へんさん)された延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)には、旧山家郷(やまがごう)(現在の長野県上田市の旧真田町周辺)の地方官に当たる国司から、お神酒などの幣帛(へいはく)を受けた国弊小社としての記載がある。たいそう由緒ある神社なのである。

 祭られた主祭神は3神で、「国造り」「国譲り」の神話に登場する大国主神(おおくにぬしのかみ)をはじめ、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)の妻で、「国生み」「神生み」の女神として知られる伊邪那美神(いざなみのかみ)、この2神が死者の世界である黄泉国(よみのくに)で口論になったとき、仲裁に入ったとされる菊理媛神(くくりひめのかみ)。

 社伝によれば、もともとは旧山家郷の産土神(うぶすながみ)として大国主神だけが祭られていた。この地は、近くの四阿山(あずまやさん)にたっぷりと含まれた雨水などが市内を流れる神川(かんがわ)に注がれ、流域に住む人々の生活を潤し、食物に恵みをもたらした。押森慎(まこと)宮司は「水から命が生まれ、水がすべてのものを結びつける」と話す。

 ほかの2神は、奈良時代の養老2(718)年、山に籠って修行をしていた修験者の浄定(きよさだ)が、石川県白山(はくさん)市の白山比●(=口へんに羊)(しらやまひめ)神社を信仰していて、本殿の北東に位置する四阿山の山頂に建てた奥宮に、そこの主祭神だった2神を勧請したという。

 押森宮司のお話だと、今でも毎年6月と10月には四阿山の開山式と閉山式が開かれていて、「開山式では神様を山にお送りし、閉山式で本殿にお迎えする」という。

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