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【一聞百見】「ビルボードを呼んできたサラリーマン」 阪神コンテンツリンク社長 北口正人さん

北口正人さんは「幅広い音楽ファンを取り込みたい」と「ビルボードライブ大阪」を開業した=大阪市北区(寺口純平撮)
北口正人さんは「幅広い音楽ファンを取り込みたい」と「ビルボードライブ大阪」を開業した=大阪市北区(寺口純平撮)
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 大阪、東京に続き、今春には横浜へ-。国内外の著名アーティストを招聘(しょうへい)し、日本の音楽シーンを牽引(けんいん)するライブハウス「ビルボードライブ」のハマ進出を前に、運営する阪神コンテンツリンク社長の北口正人さん(58)が「billboard(ビルボード)を呼んできたサラリーマン~電鉄会社の傭兵(ようへい)たちが作った夢の棲家(すみか)」を出版した。大阪の鉄道会社社員らが畑違いの音楽事業を起こし、オンリーワン企業へと成長させる奮戦記だ。混迷する時代に新規事業を開拓、夢を実現させるヒントを聞いた。(聞き手 編集委員 巽尚之)

■「お堅い会社」発の音楽事業

 昨年12月のある日、東京・六本木のライブハウス「ビルボードライブ東京」は熱気にあふれていた。出演アーティストは1980年代に一世を風靡(ふうび)した人気バンド「チェッカーズ」の元メンバー、藤井尚之さん。立体的な舞台で、藤井さんがサックスを奏でる。ほろ酔い気分の観客は曲に合わせて手拍子。一曲が終わるごとに大きな拍手が湧き起こる。ここはまさに大人のナイトライフ社交場だ。その「ビルボードライブ」を運営するのが、阪神電鉄の子会社、阪神コンテンツリンク。北口さんらが、世界で知られる米音楽チャートのブランド「ビルボード」とライセンス契約を結び、日本に誘致した。

 もともと高校で軽音楽部に所属し、ドラムスを担当していたという北口さん。夏休みに渡米した際には西海岸のバークリーに滞在し、本場のジャズに触れて感動したという。「将来は創造的で文化的な仕事がしたい」と夢が膨らんだ。就職活動で阪神電鉄を受けたときのことだ。「面接で『入社したら君は何がしたいのか』と聞かれ、とっさに『甲子園球場でイベントがしたい』と答えました」と苦笑する。

 入社後、配属された事業部で決定的な出会いがあった。当時部長だった山崎登さん(故人)だ。昭和63年、山崎さんは米ニューヨークの老舗ジャズクラブ「ブルーノート」を大阪で展開したいという企画書を役員会に提出。「石橋をたたいても渡らない」といわれるほど“堅い”鉄道会社だ。当時の役員で「ブルーノート」を知る人は誰もいなかった。企画は一旦持ち越しとなったが平成元年に再提出。当時の久万俊二郎社長(故人)のもとでブルーノートの音楽事業がスタートする。翌2年、大阪・西梅田に「大阪ブルーノート」が開業、北口さんは運営責任者となった。

 「就職して夢をあきらめるのではなく、会社員の立場を生かして夢を実現できることだってありますよ」

■大物ジャズマン、続々招く

 「これで関西にもジャズ文化を広げることができる」。「大阪ブルーノート」は話題を集め、北口さんは運営会社・阪神ブルーノートの取締役に就任、期待に胸を膨らませた。久万社長からは、アーティストの出演交渉から飲食事業、館内の音響、照明など、全てを「直営でやれ」と命じられた。「交渉能力を高めようと英会話教室に通い始めたのですが、本業が忙しくなり…。それどころではなくなりました」

ギタリストのラリー・カールトン(右)、デビッド・T・ウォーカー(左)と(本人提供)
ギタリストのラリー・カールトン(右)、デビッド・T・ウォーカー(左)と(本人提供)
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 開業に合わせて招聘した大物アーティストは、米グラミー賞の常連で、ジャズ・ギタリストの中で最も偉大なプレーヤーの一人とされるジョージ・ベンソン。チケットも10日間で完売という人気だった。さらに本場の米ブルーノートの仲介で、情熱的なピアノで不動の人気を誇るタニア・マリア、米最高峰のエンターテイナーと賞されるトニー・ベネット、ジャズ・ギターのレジェンド、ラリー・カールトンらビッグなアーティストを続々と招いた。ところが、ギャラや交通、宿泊費などがかさんで1週間で数百万円から数千万円の赤字が積み上がっていったという。

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