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【河村直哉の時事論】自分の国は自分で守る 日米安保改定60年

日米安全保障条約改定60年の記念式典に臨む安倍晋三首相(中央左)、アイゼンハワー元米大統領の孫のメアリーさん(同右)ら=1月19日、東京都港区の飯倉公館(代表撮影)
日米安全保障条約改定60年の記念式典に臨む安倍晋三首相(中央左)、アイゼンハワー元米大統領の孫のメアリーさん(同右)ら=1月19日、東京都港区の飯倉公館(代表撮影)

 改定日米安全保障条約が調印されて19日で60年となった。同盟関係の健全な発展を願う。健全、というのは、同盟の維持、強化というだけではない。日本が健全な国家たるべき願いをも込めている。

■いびつな国

 これまで当欄でも折に触れて、戦後日本のいびつさについて書いた。日米安保の節目でもあるから、重複をいとわず改めて書く。

 国家とは主権、国民、領域から成る。主権とは国民と領域を自らの意思で統治する権利である。そもそも近代国家を思想的に基礎づけた社会契約説において、国家は国民を守るためにある。自然状態で個人が有する処罰などの権利を国家に委ねることで国民は安全を得るが、当然ながら国家は国民を守らないといけない。

 ロックの説明などは非常にわかりやすい。「国家はまた、戦争を遂行し講和を結ぶ権力を有する。それは、共同体を構成するいずれかの者に対して、いずれかの部外者が害を及ぼすとき、加害者に懲罰を加える権力のことである」(「市民政府論」)。

 ルソーに至ってはこういっている。「個人は国家に生命を捧(ささ)げたが、この生命は国家によってつねに保護されている。個人は国家を防衛するためには生命を危険にさらすが、これは国家から与えられたものを国家に返すだけのことではないだろうか」(「社会契約論」)。いずれにせよ国民と領域を守ることは主権国家の責務である。

 では戦後日本はどうか。北朝鮮による拉致被害者をいまだに取り戻せず、ロシアによる北方領土の不法占拠を許している。つまり日本は、国民と領域を統治できていない。主権の侵害を許しているのである。

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