PR

ニュース プレミアム

【プロ野球通信】田淵幸一氏「宝は落ちている」 殿堂入りの原点は高校時代

 本塁打の原点も高校時代だった。高校3年の時、風邪をひいて3日間、練習を休んだ。休み明けに参加した合宿は、体調が完全には戻っていなかった。力が入らない状態だったが、打撃練習では、思った以上に打球が飛んでいった。「なんだ。(打撃は)力じゃない。ボールとバットが当たる場所さえきちんとすれば、ボールは飛んでいく」と悟った。ボールの芯の少し下を狙って、スピンをかける-。滞空時間の長い美しい本塁打が生まれた。

 熱血指導で知られる松永氏からは、法大時代も含めて、7年間指導を受けた。プロの世界でも、阪神から西武に移籍後、松永氏と似たタイプの指導者と出会った。選手に生活態度や食生活の改善を求める「管理野球」で知られる広岡達朗氏だ。82年に広岡氏の西武監督就任が決まった際、「終わったと思った。冷酷、冷徹といわれていたが、その通りだった」。

 広岡氏の厳しい指導の下で82、83年と2年連続で日本一に輝いた。83年には正力松太郎賞も受賞した。「厳しいから広岡さんは嫌だった。でも、結果が出ると、嫌いでも『ありがとうございました』に代わるんだよ」。毎年、2月9日の広岡氏の誕生日には、必ず電話をかけているという。今年は、うれしい報告になりそうだ。(運動部 神田さやか)

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ