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【志らくに読ませたい らく兵の浮世日記】群衆のはやし立ては怖く…

 この落語はもともと、たがやの首が飛ぶ話だったらしい。それがいつしか、たがやが殿様をやっつける物語になった。むかしから落語を聴くのは一般庶民で、お侍ではない。お客はたがやに感情移入する。それに配慮した結果、内容も変わっていったのだろう。

 大師匠の談志は「本来通り、たがやの首を飛ばすべきだ」と言った。そのテーマは「群衆の無責任」。つまり、職人を囃(はや)し立てて調子に乗らせ、侍に殺されるまで追い詰めたのは、周りにいた見物人。この人間のいい加減さを描く落語だ、というのだ。

 古来人間には、他人の不幸を娯楽にしてしまう一面がある。当事者がその後、いかにつらい人生を送るかは考えない。「人の不幸は蜜の味」というやつだ。魔女狩りなんてのはそんな行為の代名詞。日本でもなにか事件があると、誰かを勝手に犯人扱いして、まつり上げるというのはよくあるところ。近年はSNSの発達で、誰しもが全世界に向けて思いを発信できるとなれば、その危険はなおさら増していく。

 収監された人が何十年たってから、やっと無罪を証明され、刑務所から出てきたなんていうのは、この日本でも実際に起きている。いまの時代は、そういった人生の悲劇を生んでしまう可能性が、むかしとはまた違った確度で高まっているのかもしれない。

 オリンピック・イヤーの今年、開催国の日本はテロ事件そのものにも警戒を強めている。その意味でも、名監督クリント・イーストウッドからの、たくさんの警告を含んだ映画だった。

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