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【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】「根無し草」の滑稽な悲劇

逃亡先のベイルートで記者会見するカルロス・ゴーン被告=8日(ゲッティ=共同)
逃亡先のベイルートで記者会見するカルロス・ゴーン被告=8日(ゲッティ=共同)

試される政府の情報発信力

 《今、大西洋のどこかだ。高度は1万4千メートル。そう、出張のためブラジルに向かうコーポレートジェットの機内でこれを書いている》

 《今、ユーラシア大陸のどこかだ。高度は1万4千メートル。そう、脱出のためトルコに向かうプライベートジェットの機内でこれを書いている》

 前者は2017年の元日、日本経済新聞に掲載されたカルロス・ゴーン被告の「私の履歴書」の書き出しだ。その3年後、彼は出張のためではなく、日本を不法に脱出するため機上の人となった。もし彼がメモワール(回想録)を書くことになり、私がゴーストライターを務めるのなら、後者のように書き出したい。

 会社法違反(特別背任)などの罪で起訴され、保釈中の身であった日産自動車前会長のゴーン被告は昨年末、日本の司法をあざ笑うかのようにトルコ経由でレバノンに逃亡、8日に同国首都のベイルートで自身が選んだメディアのみを招き会見を開いた。

 彼は日本の検察と日産幹部が自分を陥れようとしたと、身の潔白を主張する一方、勾留延長のため再逮捕を繰り返す日本の司法行政を厳しく批判。不法出国については「私が法律を破ったことは確かに問題だろうが、検察はその10倍は法律を破っている」「それは正常な司法制度とはいえない。司法制度に拒絶された状況でどうやって自分を守ればよかったのか」などと自身を正当化した。

 これからも彼はことあるごとに、自分は日本の検察と日産幹部のワナにはめられた、日本の司法行政は非人道的だ、といった主張を繰り返すことだろう。面倒だが、日本政府は一つ一つ冷静に反論していくしかない。弱い弱いと批判されてきたわが国の情報発信力が試されるよい機会だ。

 ベイルート会見直後の9日未明、弁護士でもある森雅子法相が異例の会見を開き、迅速に反論したのはよかったが、「潔白というのならば、司法の場で正々堂々と無罪を証明すべきだ」と発言してしまった。被告やその弁護人に無罪を「証明」する責任はない。同日夕方、森法相はツイッター上に「無罪の『主張』と言うところを『証明』と言い違えてしまいました。謹んで訂正致します」と投稿したがお粗末だった。

自分の出自をポジティブに

 「人質司法」と内外から批判される日本の司法制度がはらむ欠陥、出入国管理の驚くほどの甘さ、さらには、わが国が米韓2カ国としか犯罪人引き渡し条約を結んでいないといった問題については、その道の専門家に任せたい。私がここで彼を取り上げたくなったのは、世界を席巻するグローバリズムが生み出した典型的な人間がゴーン被告ではなかったか、との問題意識からだ。彼は「私の履歴書」にこう記している。

 《20年前なら人間は生まれた場所で働くのが普通だった。だが、これからは世界を舞台に働き、生活するようになる。グローバル化には犠牲も伴う。私も様々な犠牲を払ってきた。それでもグローバル化は人の限界を取り除き、新たな可能性に気づかせてくれる。日本人の多くもそんな時代を生きることになる》

 能天気な言葉だ。世界各地の伝統的秩序を破壊するグローバリズムによって幸福になれる人間などごくひと握りだろう。そのことはひとまずおいておく。

 ゴーン被告はレバノン人の両親のもと、ブラジルで生まれた。ブラジルは出生地主義なのでこの段階で彼は2重国籍者となった。幼少期から中等教育を終えるまでレバノンで過ごし、フランス好きの母のすすめもあって高等教育はフランスで受ける。この時代、彼には憧れの存在があった。8つ年上のいとこである。フランスのビジネススクールを出て銀行に勤め、パリにアパルトマン(家具付きアパート)を持ついとこは、成功者のシンボルのように見えた。ゴーン被告は「彼のようになりたい。ビジネスの世界に入ろう」と強く思う。

 フランスの大手タイヤメーカー、ミシュランに入社した彼は若くして頭角をあらわし、ブラジルミシュラン社長、北米ミシュラン社長をへて、フランス国営企業だったルノーにヘッドハンティングされたおり、フランス国籍も取得して上席副社長に。その後ルノー傘下となった日産自動車とルノーの会長兼社長、最高経営責任者を務める。

 自分の出自をポジティブにとらえ、努力に努力を重ねて邁進(まいしん)した結果だろう。

とてつもなく軽い国の存在

 ここで考えたいのは《グローバル化には犠牲も伴う。私も様々な犠牲を払ってきた》と書いたゴーン被告が、本当に自分の払ってきた犠牲について、きちんと認識できていたのか、ということだ。私にはとてもそうは思えない。

 たとえば2008年にルノーの代表としてイスラエルを訪れ、政府要人らと会談したことだ。レバノンはイスラエルと現在も戦争状態にあり、自国民のイスラエル入国を法律で禁止しているのだ。それゆえ、レバノンでは、彼を「イスラエルと通じた罪で裁くべきだ」という声が挙がっている。最悪の場合、国家反逆罪で懲役15年の刑もありうるという。

 3重国籍者であり、日本や米国とも深い関係を持ち続けた彼だが、真に帰属する国、愛する国を持たなかったように見える。これこそが彼が払ってきた犠牲ではないか。国籍を持つフランス、ブラジル、レバノンも、彼にとっては祖国ではなく利用できる国に過ぎなかった。国などはとてつもなく軽い存在なのだ。そして何よりも大切なのは報酬という価値観が、彼の中でどんどん怪物化していった。そんな彼にとって、国籍もない日本の法律を破ることなど、いとも簡単だったはずだ。

 ベイルート会見で英語、仏語、ポルトガル語、アラビア語を操る彼の姿を見ながら、《デラシネ(根無し草)の滑稽な悲劇》なる言葉が頭に浮かんだ。「私の履歴書」をまとめた単行本の副題「国境、組織、すべての枠を超える生き方」こそが、滑稽な悲劇の根源ではなかったか。カネだけは存分に持っているデラシネの彼が、今後どのように生きてゆくか、とても興味深い。最後にモンテーニュの言葉をゴーン被告にささげておこう。

 《落ちつかぬ・がつがつした・いそがしそうな・金持は、ただの貧乏人よりもみじめなように思われる》(第1巻第14章「幸不幸の味わいは大部分我々がそれについて持つ考え方の如何によること」)

 ※モンテーニュの引用は関根秀雄訳『モンテーニュ随想録』(国書刊行会)によった。(文化部 桑原聡)=隔週掲載

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