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【阪神大震災25年 スポーツの力(上)】被災地を照らす「運命の子」 1・17生まれ大相撲「照強」

初場所2日目、勢いよく塩をまく照強。場所中、阪神大震災25年と自身の25歳の誕生日を迎える=1月13日、東京・両国国技館(土谷創造撮影)
初場所2日目、勢いよく塩をまく照強。場所中、阪神大震災25年と自身の25歳の誕生日を迎える=1月13日、東京・両国国技館(土谷創造撮影)
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 平成7(1995)年1月17日、兵庫県・淡路島を震源に未曽有の被害をもたらした阪神大震災から、まもなく節目の25年となる。「その日」の夜、震源地に近い兵庫県洲本市の病院で誕生したのが、大相撲前頭14枚目の照強(24)=本名・福岡翔輝、伊勢ケ浜部屋=だ。「自分は運命の日に被災地で生まれた。頑張る姿を見せることで、故郷の人を笑顔にできれば」。初めて幕内で迎えた初場所は、12日の初日から3連勝。「スポーツの力」を体現する天命を背負い、土俵に上がり続ける。

激震15時間後、混乱の院内で

 自宅で激しい揺れに襲われた母親の菊井真樹さんが洲本市の病院に運ばれ、男の子を出産したのは地震発生から約15時間後の17日午後9時。体重2922グラム。負傷者を搬送する救急車が出入りし、院内がごった返す中で生を受けた。

 もちろん、自身に震災に遭った記憶はない。だが「母親からは、病院に行ったら救急車のサイレンがすごかったことや、けが人がいっぱいいる中で生まれたことなど、震災の大変さは聞いている」と話す。

 幼いころは体が小さく病弱だったが、小学4年のとき、飛び入り参加した地域の相撲大会で準優勝したのをきっかけに、相撲道場に通うようになった。中学3年のときに全国大会でベスト16入りし、卒業後に伊勢ケ浜部屋に入門。しこ名は被災地への思いも込め「周りを照らすように強くなれ」と、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)がつけてくれた。

(次ページ)名物の猛稽古に耐え…淡路島53年ぶり、そして

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