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【中東見聞録】イランと暴力団さながらの駆け引き 米「不名誉な撤退」が現実味

 イランは1979年の革命後、イスラム教シーア派指導者による統治という革命体制を輸出するため、中東各地でシーア派勢力を支援した。その先兵となったのが、最高指導者の親衛隊的性格を持つ革命防衛隊だ。

 イランが目指した「革命の拡散」は実現しなかったが、その過程でイランは、武装組織への支援を通じて各国に影響力を保持することが、自国の安全保障に有用であると確信した。たとえば米国やイスラエルと戦争になった場合でも、自国の息がかかった勢力をゲリラ的に各地で動かし、敵を疲弊させることができるからだ。

全面衝突は望まず

 そうした対外工作の戦略を描いたのが「コッズ部隊」のソレイマニ司令官だった。イランでは反米強硬派を中心に高い人気があった。

 それを殺害することは、暴力団でいえば直系組織の最高幹部にヒットマンを送るのに等しい。殺害された側が体面を保つためにも何らかの報復に乗り出すのは明白で、場合によっては全面抗争にもつながりかねない。

 トランプ氏の選択に国防総省の高官らが愕然としたというのは、イランやその代理勢力からどこで攻撃を受けるかもわからない戦争に引きずり込まれることを恐れたためであることは想像に難くない。

 一方でイランも、米国との戦力差は歴然としているから、全面衝突を望んではいない。イランは8日、報復として米軍が駐留するイラクの基地周辺に短距離弾道ミサイルを撃ち込んだが、米軍側に被害はなかった。米国側へ事前に警告も送っていたという。

 暴力団が対抗組織の事務所の窓ガラスを銃弾で割ったといった事件を思い浮かべると分かりやすい。本格的な報復合戦には発展しないようにとのギリギリの駆け引きだ。

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