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【勇気の系譜 第2部】冨田洋之さん(下)体操ニッポン栄光の架橋へ エースが見せた“異変”

アテネ五輪体操男子団体総合で金メダルが決まり喜ぶ冨田洋之さん(右から3人目)ら=2004年、アテネ
アテネ五輪体操男子団体総合で金メダルが決まり喜ぶ冨田洋之さん(右から3人目)ら=2004年、アテネ
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 2004年8月16日、アテネ五輪の体操男子団体総合決勝は、最終種目の鉄棒で最後の演技者を迎えていた。当時23歳だった日本のエース、冨田洋之(39)。「8・962点」をとれば、金メダルが決まる場面だった。会場を包む異様な緊張感が、次々とライバルたちのミスを誘う。冨田も実は、心の中ではかつてないほど動揺していた。

別の会場に来たのではと思うほどの雰囲気になり、経験したことがないくらいに緊張したのを覚えています。このままでは自分の番で失敗するだろうと感じていました

 後に「失敗したら日本に帰れないんじゃないかと思った」と明かしたほどだったが、冨田は先に演技をする米田功と鹿島丈博を信じた。演技を見るのを中断し、視野を広げるために会場を見回した。集中を高めるためのルーティンだった。

団体の責任感は個人種目とは全く別物で、失敗できないという思いが絡みます。ただ、2人が演技する姿を見て練習は裏切らないと感じました。同じように練習してきた自分もできるんじゃないか、そう思いました

 静まりかえった会場で冨田は鉄棒をつかみ、悠然と体を回転させ、技を繰り出し始めた。演技の途中、クライマックスとなるスーパーE難度の離れ技「コールマン」を決めると、会場から大歓声と熱気が一気に放出された。

自分自身も驚いて、演技の最中に鳥肌が立っていました。着地を止めたい、止めて終わりたいとの気持ちが強まりましたね

 冨田はそのまま急速に車輪の回転を速め、伸身新月面宙返りに入る。美しく伸ばした体を後方に2回宙返りさせながら、2回のひねりを加えた後、両足を一歩も動かさずに着地。そして、両手で大きくガッツポーズをつくった。

 《伸身の新月面が描く放物線は栄光への架橋だ》

 実況を担当したNHK解説主幹の刈屋富士雄(59)の名フレーズとともに、ぴたりと冨田は着地を決めた。

 だが、刈屋はこの5秒前、コールマンから下り技へと向かう冨田の“異変”を見逃さなかった。

(次ページ)いつもより1周多く…エースは楽しんでいた

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