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【勇気の系譜】平尾誠二さん(下) ミスターラグビーが残したもの

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インタビューに応じる平尾誠二さん=平成27年、東京都港区
インタビューに応じる平尾誠二さん=平成27年、東京都港区
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 選手としても指導者としても異彩を放っていた平尾誠二。これからも日本ラグビー界を牽引(けんいん)していく人物だと、誰もが信じていた。

 平成27(2015)年9月、異変は起きた。52歳だった平尾は胆管がんと診断された。友人の京都大iPS細胞研究所長、山中伸弥(57)は、入院先に駆けつけた。

 CT(コンピューター断層撮影)画像を見ると肝臓の中にがんが広がっていた。なぜ平尾さんなんだ、とショックでした

 平尾とは平成22年に対談したことがきっかけで、急速に親交を深めていた。組織を率いる者同士、共感する部分が多かった。

 平尾さんには人を笑顔にするオーラがあり、会う約束をするだけで幸せな気分になりました。常に相手のことを考え、闘病で苦しいときでさえ周囲への気配りは忘れませんでした

 医師である山中を信頼し治療法を相談する一方、周囲には自身の病についてほとんど知らせなかった。ただ、やせていく平尾の姿に、推測が飛び交った。

 「余命3カ月らしい」。京都市立伏見工高(現京都工学院高)時代のチームメート、高崎利明(57)がそんな話を聞いたのは、がんと診断されて間もないころだ。高校卒業後も連絡を取り合い、折に触れて飲みに出かけていた。逡巡(しゅんじゅん)した末、平尾に電話した。

 「余命3カ月か?」って聞いたら、「へえ、おまえの方がよう知っているな」と。平尾は知らなかったみたいで、しまったと思った。でも、あのときあいつはすごく明るかった

 平尾は「誰から聞いたのか」とも聞かず、自身について説明した。最先端の治療を受けていること。家族の支えがあること。そして、高崎を安心させようとするようにこう言った。「大丈夫やって、ちゃんと治るから。なんでそんな悲しそうな声でしゃべっているんや」

 病に直面しながらも、平尾はテレビ解説に日本ラグビー協会理事と、仕事をこなそうとしていた。

 英国では2015(平成27)年ラグビー・ワールドカップ(W杯)が開幕。強豪・南アフリカを破った日本代表の勝利で、ラグビー人気は上向いていた。

(次ページ)先つねに読む平尾「代表が強くなればラグビー人気も…」

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