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大型資本に屈しない町中華の秘密 北尾トロ著「夕陽に赤い町中華」

北尾トロ著「夕陽に赤い町中華」
北尾トロ著「夕陽に赤い町中華」

 街角にある、ラーメンやチャーハンを手軽に食べさせてくれる個人経営の店。多くは古びていて、ショーケースの中のサンプルはホコリをかぶっていたりする。そんな店を著者は「町中華」と名付け、各地をめぐって胃袋を満たす。愛すべき町中華が姿を消しつつあることに危機感を抱いての行動なのだ。

 そういえば、脚本家の山田太一の父親は戦前、東京・浅草で、ここでいう町中華のような店を開き繁盛させた、とエッセーに書いていたのを読んだことがある。本書にも、かつての町中華には同じ地方から上京した住み込みの店員が何人もいて、野球チームがつくれたことが書かれているが、今よりも外食産業に多様性がなかった時代、きっと町中華で食事をすることは多くの庶民のあこがれだったのだろう。

 町中華の歴史をひもといている。戦後の食糧難の時代が一つの転換点となったそうだ。そして決定的となったのはアメリカの慈善団体からもたらされた、通称「ララ物資」。安い小麦粉が入ってきたので、ラーメンなどの材料となったのだという。

 なるほど、映画「秋刀魚(さんま)の味」(昭和37年、小津安二郎監督)には、東野英治郎が演じる元旧制中学(?)教師がラーメン屋を営み、教え子に焼酎を飲ませるシーンがある。このララ物資は、子供たちだけでなくさざままな年代層の日本人を救ったことだったのだろう。

 著者は町中華の味の共通点として、「味が濃くてしょっぱいのが相場」で、別の言い方をすると「ガツンとくる食べ応え」があると表現する。その決め手となるのは、塩や油に加え、化学調味料だという指摘にも思わずうなってしまった。

 そんな町中華は日々の食事をする店であり、素材や料理人の腕が生きる本格的な中華料理店とは違って、「食べたそばから味を忘れるような、どうってことのない感じこそ理想的だと思う」と述べる。一見けなしているようで、深い愛情を感じさせる。

 カツ丼やオムライス、そしてカレーライスなど、中華とは呼べないメニューが充実している店が多いのも町中華の特徴だという。町中華のこうしたメニューに、洋食屋やそば屋とは違った郷愁を感じる人は少なくないだろう。

 戦後間もない昭和22年に東京・荻窪で開業した「中華丸長」に端を発し、多くの店がのれん分けした。それらの店でつくる「丸長のれん会」の60周年を祝う会もリポートしている。企業グループではないのに、結束力が強く、家族的な雰囲気を維持しているという。そして年に1度、全国から会員が集う。なるほどこうして結束することで店が維持できるのか。

 大型店やチェーン店、そして昨今はネット通販に押され、個人経営の飲食店や小売店はどこも厳しいと聞く。この本を読んでいて、大型資本に個人経営が負けないためのヒントがあると感じた。   (文化部 櫛田寿宏)

     

きたお・とろ ノンフィクション作家。昭和33年、福岡県生まれ。平成22年、ノンフィクション専門誌「季刊レポ」を創刊し編集長を務めた。著書に「裁判長!ここは懲役4年でどうですか」、「晴れた日には鴨を撃ちに」ほか多数。

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