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震災・原発事故に負けず五輪で金を W杯にチーム最年少出場、福島出身「なでしこジャパン」遠藤純選手

ボールを競り合う「なでしこジャパン」の遠藤純選手=10月6日、静岡市のIAIスタジアム日本平(納冨康撮影)
ボールを競り合う「なでしこジャパン」の遠藤純選手=10月6日、静岡市のIAIスタジアム日本平(納冨康撮影)
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 来年3月下旬から始まる2020年東京五輪の国内聖火リレーは、福島県のサッカー施設「Jヴィレッジ」(楢葉町、広野町)からスタートする。同県出身でサッカー女子日本代表「なでしこジャパン」の遠藤純選手(19)は、今年6月のワールドカップ(W杯)フランス大会にチーム最年少で出場し、夢をかなえた。自国開催の五輪は、東日本大震災と福島第1原発事故に立ち向かうふるさとを世界中にアピールする機会になる。金メダルという「次なる夢」を目指し、ボールを追う。(大渡美咲)

 福島県白河市で生まれた遠藤選手は、4人兄弟の末っ子。父、淳さん(54)は、「物心ついたときから庭で兄や姉とサッカーボールで遊んでいた」と振り返る。

 淳さんが代表を務める地元のサッカークラブでプレーしていた小学4年の時、震災と原発事故が発生。放射能の影響で約1年間、屋内での練習を強いられたが、そのときに勇気を与えてくれたのが、「なでしこ」だった。

 震災から4カ月後の平成23年7月に開催されたW杯ドイツ大会で、快進撃のすえに悲願の初優勝を果たした。興奮しながらテレビに見入り、「私もなでしこになってW杯に出て、五輪で金メダルを取りたい」。夢が固まった。

 娘の思いが本物だと知った淳さんは、ある決断をする。「なでしこへの近道になるかもしれない」と、原発事故の影響で福島から静岡県に拠点を移した日本サッカー協会(JFA)のエリート選手育成機関「JFAアカデミー福島」への入学を勧めたのだ。

 親元を離れることは大きな決断だったが、選抜試験に合格しアカデミー入りした遠藤選手は、静岡でサッカーに邁進(まいしん)した。淳さんは時間をつくって遠藤選手の試合に駆けつけた。車で12時間かけて、鳥取県で行われた試合の応援に行ったこともあった。

 年代別代表に選出されるなど順調に成長を遂げた遠藤選手は、今年に入り念願のA代表入りを果たし、W杯メンバーの座もつかんだ。淳さんも応援団とともに現地入りし、声援を送った。

 W杯では1次リーグ3試合に出場し、うち2試合でスタメンを務めた。3戦目のスコットランド戦では、こぼれ球を拾った後に股抜きパスで先制点をアシスト。勝利に貢献した。

 この試合前、遠藤選手は淳さんに手紙を手渡していた。《サッカーに出会わせてくれたパパに感謝しています》と、淳さんへの感謝の言葉が記されていたという。

 W杯はベスト16で涙をのんだが、次なる夢は東京五輪出場と金メダル獲得。「小学生の時に抱いた夢を着実にかなえている。家族としてしっかり見守って応援していきます」。淳さんは力を込めた。

えんどう・じゅん 平成12年5月24日生まれ、日テレ・ベレーザ所属。攻撃力が持ち味のレフティーで、最近では代表でサイドバックもこなす。166センチ、55キロ。

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