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迷走するパナソニック、液晶・半導体も撤退 見えぬ戦略

同じ轍を踏んだ日本勢

 半導体と液晶はかつて日本の「お家芸」とされ、世界に技術力を知らしめた。だが、時代とともに巨額投資で力をつけた海外勢に追いつかれ競争力を失った。

 半導体は1980年代から90年代にかけ、NECや日立製作所、東芝などがこぞって事業を拡大し、日本勢で世界シェアの5割を握った。ところが、半導体の主役がメモリーに代わるとインテルなど米国勢の高性能品に太刀打ちできなくなり、90年代中盤には韓国サムスンにも追いつかれた。

 これを経験した日本勢は2000年代初頭、半導体と同じ轍(てつ)を踏まないために液晶パネル事業への巨額投資を加速させ、カーナビなどの中小型液晶パネルの世界シェアの約9割を日本勢が握った。

 先頭に立ったのがシャープで、ライバルのパナソニックと競い合うように国内に巨大な液晶パネル工場を建設し、一時は「亀山ブランド」で世界のテレビ市場を席巻した。しかし、08年のリーマン・ショックを機に世界でテレビ需要が落ち込むと、過剰投資のツケが回って業績が悪化。16年に台湾の鴻海精密工業から出資を受け、日本の大手電機メーカーで初めて外資の傘下に入ることになった。

 シャープが先鞭(せんべん)をつけた液晶パネル事業は結果的に中国勢や韓国勢に主役の座を奪われ、日本勢の多くが縮小や撤退に追い込まれた。

「敗戦処理」で事業売却

 一部メーカーは半導体、液晶ともに合従連衡を進めることで生き残りを図ったが、こちらも過酷な運命をたどっている。

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