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危うい自民幹部の「女系」容認論 先人たちの知恵に学べ

世界に比類なき“万世一系”

 万世一系を理解するには、宮内庁のホームページに掲載されている「天皇系図」をみれば分かりやすい。神武天皇から今上天皇(天皇陛下)まで126代にわたる天皇の系図が、わずかA4版2ページ余りで示されている。他国の王家の系図なら、枝分かれが多くて10代も遡(さかのぼ)ればごちゃごちゃになってしまうが、天皇家の場合、父系をたどれば神武天皇へつながる1本の線で示されるので、これほどすっきりしているのだ。

 系図が複雑でないのは、皇位の正統性が揺るぎないことへの現れでもある。事実、日本の長い歴史の中でも、皇統が南朝と北朝に分かれた一時期(1336~1392年までの56年間)をのぞけば、皇位の正統性が問題となることはほとんどなかった。

 つまり万世一系とは、世界に比類のない、連綿と続く皇位の正統性の証(あかし)なのだ。

 その一系が、どうして母系ではなく父系なのかは諸説あるが、少なくとも女性より男性が優れているといった、差別的な理由ではない。それは日本の最高神、天照大神が女神であることからも明らかである。

 こうしてみると、自民党の甘利氏がテレビで「男系を中心に(皇位継承の)順位を付け、最終的選択としては女系も容認すべきだ」と述べたことが、いかに問題であるかが分かるだろう。父系なら父系で、母系なら母系で継承し続けなければ、一系は断絶してしまうのだ。

徳川将軍家の願望と挫折

 ここで歴史をひもといてみよう。平安時代に有力貴族の藤原氏が娘を次々と天皇に嫁がせ、生まれた皇子を天皇にすることで政治力を高める外戚政治(摂関政治)が行われていたことはよく知られている。

 江戸幕府を築いた徳川家康も、天皇の外戚になろうとした一人だ。その意思は二代将軍秀忠に引き継がれ、1620年、秀忠の娘の和子が後水尾天皇の妻(女御、のちに中宮)となった。

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