PR

ニュース プレミアム

【正論1月号】後藤新平の「国難来」再来 政治の体たらくを憂う 国家基本問題研究所主任研究員 湯浅博

朝鮮国防科学院が東部の元山湾で行った新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3」型の試射=10月2日、北朝鮮(朝鮮中央通信=朝鮮通信)
朝鮮国防科学院が東部の元山湾で行った新型の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3」型の試射=10月2日、北朝鮮(朝鮮中央通信=朝鮮通信)

 ※この記事は、月刊「正論1月号」から転載しました。ご購入はこちらへ。

 およそ百年前、後藤新平による「国難来たる」との呼びかけは、まるで現代日本に警告しているかのように聞こえる。関東大震災から半年後の大正十三(一九二四)年三月、日本近代化に尽力した後藤は、国難とは鎌倉時代の元寇や、江戸湾に現れた黒船のような「惰眠を醒ます挙国緊張」ではなく、むしろ、ひそかに忍び寄る目に見えない危機であるとして二つの要素をあげた。 一つは、「平和の仮面をかぶって、ぢりぢり寄せ来る外患」であり、もう一つは「美装に隠れ、国民の肉心をむしばむ内憂」であると見抜いた。波濤を越えてくる元寇や黒煙をはき出す黒船は、人々が「自ずと備えの大決心」をするが、平和の仮面をかぶって寄せ来る奸賊は「人これに気づかないが故に備えず」と注意を喚起したのだ。

 後藤は満鉄総裁、外相、内相として日本の近代化を牽引し、関東大震災に際しては「天の啓示」と帝都復興院総裁として国全体の立て直しに乗り出した。後藤の時代の日本は、内には大震災、外にもロシア十月革命(一九一七年)、第一次大戦の終結(一九一八年)、アメリカの排日移民法施行(一九二四年)がその前後にあった。そして後藤は、第一次大戦後の世界を形づくったベルサイユ条約に接して、やがて第二次大戦が到来するかもしれないとの危険をいち早く予見した。

 「あの条約調印の当時、まったくの門外漢としてロンドンにいた私は、その時すでに、この条約調印の日は、世界戦争の終わりの日ではなく、むしろ第二次世界動乱の始めの日であると直感した」

■警告その一 「むしばむ内憂」

 後藤の警告からおよそ一世紀。東北帝国大学での講演をまとめた『国難来(こくなんきたる)』(藤原書店)が復刻されたのは、目先の利く編集者の慧眼に違いない。近頃の日本列島は東日本大震災や幾多の風水害に見舞われ、「国民の肉心をむしばむ内憂」に近い試練を味わった。そして、現代日本を取り巻く国際環境もまた、後藤のいう「平和の仮面をかぶって、ぢりぢり寄せ来る外患」が、四方の海から忍び寄ってくるようだ。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ