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【志らくに読ませたい らく兵の浮世日記】ギャング映画は落語に通ず

らく兵
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 映画『アイリッシュマン』を見てきた。師匠の立川志らくが、このところ一番楽しみにしていた映画だ。

 上映時間3時間半の超大作で、アメリカの裏社会を描いた大河ドラマといった作品だった。監督はマーティン・スコセッシ。出演者がロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシ、ハーヴェイ・カイテル。名監督と名優たち。名前を聞いただけでおなかいっぱいです。それだけでも「ああ、すごい映画ができたんだな」と感慨に浸れます。

 Netflixでの世界配信に先駆けての先行上映だそうです。

 オールスターキャストのギャング映画で、3時間半といえば映画2本分くらいの長さだけど、実際には5、6本分ほどを一気に見たような中身の濃さだった。そしてギャング映画だから、男同士の骨肉の争いや友情が描かれている。

 古典落語はもともと「男の目線でとらえた世間の話」という意味合いが強い。そして上品な階級の人たちより、長屋に住むような庶民のイザコザや、その顛末(てんまつ)にスポットが当たる。そのせいか、このギャング映画にもずいぶん落語と重なるシーンがあった。

 映画を見ていて思い出した落語をいくつか並べてみます。

 「井戸の茶碗」。屑屋(くずや)さんが通りかかった長屋の浪人から仏像を買い取る。それを他の侍に売ると、仏像の中から50両の小判が出てきた。買い取った侍は50両を元の浪人に返すよう屑屋に言いつけるが、浪人は受け取らない。2人の侍の間で板挟みになる屑屋。この落語は、後半に入るほど映画のカット割のようなシーンの連続で、名人の「井戸の茶碗」を聴くと喜劇映画を見ているような感覚になる。

 男の意地の張り合いに巻き込まれる主人公。考えたら『仁義なき戦い』なんかもこれの連続だ。

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