PR

ニュース プレミアム

「十坪住宅」を知っていますか?ハンセン病強制隔離政策の象徴

昭和7年に建てられた第1号の十坪住宅(長島愛生園歴史館提供)
昭和7年に建てられた第1号の十坪住宅(長島愛生園歴史館提供)
その他の写真を見る(1/2枚)

 国によるハンセン病患者の強制隔離政策を象徴する建物の一つ「十坪(とつぼ)住宅」を保存しようとボランティア団体「ゆいの会」(岡山市北区)が支援を募っている。十坪住宅は昭和7~18年、定員超過を補うため国立療養所「長島愛生園」(岡山県瀬戸内市)に建てられた10坪(33平方メートル)の木造住宅。約150棟あったが現存するのは5棟で、同会は「十坪住宅を永久に残し、ハンセン病の歴史を語り継ぐ必要がある」と呼びかけている。

「先行きは不透明」

 長島愛生園歴史館によると、十坪住宅の基本の間取りは6畳2間で、夫婦を中心に複数の入所者が共同で生活するケースが多かったという。当時は、患者を療養所に隔離する「無らい県運動」の広まりとともに入所者が増加したにもかかわらず、国の予算が十分に確保されなかったという事情もあり、初代園長が考案。市民からの寄付を頼った。

 整備費には、全国からの寄付金が充てられ、入所者らが中心となって建築。完成した建物は寄付者にちなんで「母の家」「第二兵庫」などと命名された。寄付集めの際や記念品として、入所者が製作した十坪住宅をかたどった焼き物の貯金箱が、協力者に贈られたという。

 十坪住宅は簡素な造りだったため、増築や改築で大幅に形状が変わった建物も多かった。現在は母の家、第二兵庫と、梅ケ香▽第四千代田▽路太利-の計5棟が残るのみとなった。老朽化による傷みが激しく、同園は屋根をシートで覆うなど安全対策を講じている。

 同園は厚生労働省に対し、十坪住宅を他の建物とともに保存するよう要望。結論は出ていないといい、歴史館の学芸員は「先行きは不透明」と話す。

クラウドファンディングも

 平成16年に発足したゆいの会は、弁護士や医療関係者、主婦、中高生ら約160人で構成。会員は講座でハンセン病について学び、歴史館の案内ボランティアや入所者との交流、買い物の支援といった取り組みを続けてきた。また、街頭で署名活動や寄付の呼びかけも行っている。

 これまでに集まった募金は600万円余り。同会は、1棟を内部を見学できる程度に修復するのを当面の目標としている。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ