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“美しく老いる”ためのヒント満載 SF作家・筒井康隆さん「老人の美学」

「体に悪いところ? 何もない。食欲もまだまだありますし」と話す筒井康隆さん(寺河内美奈撮影)
「体に悪いところ? 何もない。食欲もまだまだありますし」と話す筒井康隆さん(寺河内美奈撮影)

 7万1238人。地方の小さめの自治体人口と同規模だが、この数字は日本の100歳以上の高齢者人口だ(9月15日時点)。厚生労働省の調査によると、平成元年から23・1倍と右肩上がりで、「人生100年時代」といった“官製スローガン”も響き渡る。それに伴い、「老い」とその先の「死」と向き合う時間は長くなることは避けられない。現在85歳のSF作家の巨匠、筒井康隆さんの新刊『老人の美学』(新潮新書)は自らの晩年を考えるための格好の手引書だ。

老害と老化

 筒井さんを取材した12日は、東京・池袋で暴走した乗用車に母子がなねられ死亡した事故で、車を運転していた旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(88)が自動車運転処罰法違反(過失致死傷)容疑で書類送検された日だった。

 「あの方はインテリで、自分に自信があり、自分が事故を起こすとは夢にも思わなかったでしょうな。あれは老害です」

 話題を向けるとストレートな答えが返ってきたが、こうも付け加えた。

 「ただ、運動神経は自分ではわからないもの。とぼとぼ歩きはみっともないので、大股で歩くようにしているが、地面に少しだけ出ている車止めにつまずくことがある。自分では足を上げているつもりだけど、実は上がっていない…」

 今作は老人の生き方に絞った初のエッセーだが、これまでに手がけた老人を主人公にした作品群を足がかりに、伴侶との融和法、口臭対策などユーモアと毒舌を織り交ぜながら、等身大の“老人の美学”を追求していく。

有能な「会社人間」ほど注意が必要

 とりわけ印象的なのが、老人独特の醜さを直視した部分だ。特段の用もないのに定年退職した会社にしばしば電話をしたり、訪問したりして後輩に煙たがられる老人の話が出てくるが、筒井さんはこうした老人側の心理について《現在の自分の存在価値、ひいては存在理由を確認しなければいられぬ、のっぴきならない心理が働いていて、抑制、といったことにまで頭が回らないのだ》と指摘する。

 ただし、この抑えがたい心のありようは厄介だ。《衝動を抑制するには、相当以上の努力が必要だ。人並み以上の精神力、といってもいい。しかしこれは抑制しなければならない。(さもなくば)自分の価値を自分で貶(おとし)める行動をとることになるからだ》

 筒井さんによると、能力があり在職中に重要な仕事を任されて多忙だった人ほど、退職後も会社への“執着”傾向があるという。

 ここから派生した孤独に関するエッセーも読み応えがある。詳細は本書に譲るが、《仕事をしなくてすむ境遇になった人の仕事は、孤独に耐えることである》とズバリ指摘するあたりは、現役サラリーマンであっても身につまされるのではないか。

ハイデッガーとの出会い 

 SF作家の“御三家”として長年文壇を牽引(けんいん)してきた筒井さん。その死生観に影響を与えたのが、独哲学者のマルチン・ハイデッガー(1889~1976年)が1927年に出版した未完の書「存在と時間」だ。平成に入った頃、死が身近にある病院生活の中で、1カ月かけて通読したという。

 筒井さんが記す「存在と時間」の肝はこうだ。

 《何度も死の前に投げ込まれたり、自分を投げ込んだりして、何度も死と向かい合っているうちには、本当の死に先駆けて死を了解することになり、それによって今の自分が、今、何をすればよいかがわかる》

 「ハイデッガーを読んで、なるほど、と思った。今までわしは何をしておったのか…」と振り返る筒井さん。「(ハイデッガーの考えが)身につかなくても、足の下にちゃんと一枚丈夫なものがある、多少のことには対処できる、という思いに至った」

ライバルの死

 「これまでに関係者がばたばた死んで、まるで戦場だ」と話す筒井さんにとって、もっともこたえたのが、SF小説「ねらわれた学園」などで知られる作家、眉村卓さんを失ったことだ。3日、85歳で亡くなった。

 「SF作家で最初に付き合ったのは彼で、一緒に切磋琢磨(せっさたくま)した仲だった。彼をモデルにした『タック健在なりや』という短編小説もある。好敵手はいつ死ぬかいつ死ぬか、というものだが、彼が亡くなった今となっては、そのタイトルはもう付けられない。(SF作家仲間の)小松さんや星新一さんが亡くなったときよりこたえる」

 最後に理想の老人像について聞いてみた。

 「そうですね、歌舞伎役者で良い年の取り方をしている方が多いですよね。何より所作が美しい。いかにして自分が美しく見えるかを研究しているから、お年を召してもそれが体に染みついている。ああなりたいです」

 「人生100年時代」とはいえ、いつかは必ず来る「老い」と「死」。心の準備は早いに越したことはない。(文化部 花房壮)

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