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「歴史」×「SF」が放つ魅力 小川哲さん新刊『嘘と正典』

「今の自分しか書けない小説を書いていきたい」と語る作家の小川哲さん
「今の自分しか書けない小説を書いていきたい」と語る作家の小川哲さん

 マルクスがもし、エンゲルスと出会ってなかったら-。作家、小川哲さん(32)の新作短編集『嘘と正典』(早川書房)のテーマは「歴史」と「時間」。昨年、カンボジアのクメール・ルージュ(ポル・ポト派)とSFを大胆に組み合わせた『ゲームの王国』で日本SF大賞・山本周五郎賞をダブル受賞した俊英の持ち味が存分に発揮された短編集だ。      (文化部 本間英士)

大胆な「嘘」

 マジシャン、競馬、音楽に共産主義。今回の短編集の題材は実に多彩だ。

 「僕の場合、題材を選ぶ際に何の知識もない方がいい。知らないことを調べるのが好きなんです。資料を読むのも苦にならないというか、それだけやっていたいくらい」

 舞台でタイムトラベルに挑み、そのまま消えてしまったマジシャンの父の足跡を追う「魔術師」。名馬スペシャルウィークの血統に自身を重ねた「ひとすじの光」。若者文化が絶え果てた末に虚無が流行する近未来が舞台の「最後の不良」…。濃淡はあれど、収録された6作はどれも「歴史」と「時間」をテーマにしたSFだ。

 「正直、最初はマジシャンのこともエンゲルスのことも、ほぼ知りませんでしたね」

 ここでいうエンゲルスは表題作「嘘と正典」の登場人物。冒頭、エンゲルスという名のドイツ人青年が、19世紀英国の裁判所に出廷するシーンから始まる。もちろん、「共産主義の父」マルクスを支え、後世に名を残した思想家のことだ。

 小川さんは以前、失業を懸念した英国の労働者たちが紡織機を破壊した「ラッダイト運動」をテーマにした小説を書いた。その際、エンゲルスが当時の英国にいたことを知った。

 「エンゲルスがもし、マルクスと出会っていなかったら。そこに物語が生まれると思ったんです」

 同作の主な舞台は冷戦下のソ連。米国の中央情報局(CIA)工作員が、偶然開発された過去にメッセージを送る技術を利用し、共産主義を歴史から抹消することを計画する。歴史小説のスケールの大きさと、スパイ小説さながらのスリリングな描写が絡み合う。

 ただし、今作はSF。描写には物語を生かすための「嘘」が忍び込む。そして、小川哲という作家は作品内で自然な「嘘」をつくのが実にうまい。

 「『ゲームの王国』で大胆に嘘をついたんです。専門家に怒られるかな、とも思いましたが、実際はそんな人はおらず、純粋なフィクションとして楽しんでくれました。もちろん、歴史の捉え方を根本的に曲げたり、自分に都合の良い嘘をつくのはダメですが、作品が面白くなるための嘘ならいいと思っています」

 そのうえで、こうも語る。「この作品を読んだ読者の方がエンゲルスに興味を持ってくれたらうれしいし、そういう作品を書くのが僕の野望ですね」

「検閲官」を書きたい

 東大大学院で英国の数学者、アラン・チューリングを研究しながら、創作活動にも注力。平成27年に作家デビューし、その3年後には山本賞受賞作『ゲームの王国』で名を高めた。今春、大学院を退学。専業作家となった。

 「『ゲームの王国』には今の自分には書けない、書かない言葉も出てきます。作家としての感性をどんどん変えていけば、多くの読者に届くと思う。今しか書けない作品を書いていきたいですね」と意気込む。

 今後は、先の大戦中の日本を舞台に、検閲官をテーマにした作品を書きたいという。

 「検閲の問題って、定期的に話題に挙がりますよね。僕が面白いと思うのが、戦中に一番小説を読めたのは検閲官だったのではないか-ということ。検閲をきっかけに、どんどん地下出版の世界にいくという話を今後書いていきたいと思います」

     ◇

【プロフィル】小川哲(おがわ・さとし) 昭和61年、千葉県生まれ。東大大学院博士課程退学。平成27年、『ユートロニカのこちら側』でデビュー。30年、『ゲームの王国』で日本SF大賞、山本周五郎賞。同作の文庫判が今年12月に出版予定。

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