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【ラファエル前派と夏目漱石】「自然を写す」漱石文学に色濃く

ウィリアム・ホルマン・ハント《シャロットの乙女》1887-92年頃、油彩・テンペラ/板、44.5 x 34.1cm、マンチェスター美術館 (C) Manchesteer Art Gallery, bequeathed by John Edward Yates, 1934.
ウィリアム・ホルマン・ハント《シャロットの乙女》1887-92年頃、油彩・テンペラ/板、44.5 x 34.1cm、マンチェスター美術館 (C) Manchesteer Art Gallery, bequeathed by John Edward Yates, 1934.
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 英国の19世紀、ビクトリア朝を代表する革新的な美術運動、ラファエル前派。その中核をなす「ラファエル前派同盟」に加わった若い画家たちの精神的指導者、ジョン・ラスキン(1819~1900年)にスポットを当てた「ラファエル前派の軌跡展」( https://prb2019.jp )が、あべのハルカス美術館(大阪市阿倍野区 https://www.aham.jp )で開催されている。

 ラファエル前派は、日本でも明治期に「明星」などの雑誌に紹介され、洋画家の青木繁らに影響を与えたが、その波及力は画壇のみならず文壇にも及んだ。

 「坊っちゃん」「三四郎」や「こころ」などで知られる文豪、夏目漱石(1867~1916年)も、彼らの作品に強い関心を抱いたひとりだった。

 漱石は1900年から2年あまり、英国に留学していた。このとき、風景画家のターナーの絵に共感し、自作「坊っちゃん」のなかでその舞台となった松山市にある四十島に生えた木がターナーの描く松に似ていることから、「ターナー島」として登場させているのはあまりに有名だ。

 今回、そのターナーの作品「カレの砂浜」や、彼を敬愛していたラスキンの精密な素描、絵画も数多く出品されている。「三四郎」のなかで、物理学者が「ラスキンをよみましたか」と主人公に問いかけるシーンを書いた漱石はおそらく、「見たままに自然を写せ」と説いたラスキンの美術哲学を理解していたに違いない。もちろん、ラファエル前派の絵も知っていて「帰ってホルマン・ハントの画でも見る方がいい」(「野分」)といった表現もうかがえる。

 一橋大の河村錠一郎名誉教授は「ラファエル前派、ラスキン、そして漱石-1900年のロンドン」のなかで、ハントの「シャロットの乙女」が漱石の初期作品「薤露行(かいろこう)」に与えた可能性を次のように指摘する。

 《『五色の糸が…乱る中に』という記述は、基はテニスンではあるが、ハントの挿絵(入りのテニスン詩集)を見たのでは、という憶測を許す》

 影響を受けたのは漱石だけではない。ラファエル前派はロセッティやモリスなど詩文にたけた人物も輩出しているが、詩人、蒲原有明(1875~1952年)もロセッティに触発され、多くの詩を翻訳した。

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