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【日本の議論】芸術祭の公益性とは 「表現の不自由展・その後」が問うたもの

「表現の不自由展・その後」の再開に抗議する名古屋市の河村たかし市長(左手前)=8日、同市東区(鳥越瑞絵撮影)
「表現の不自由展・その後」の再開に抗議する名古屋市の河村たかし市長(左手前)=8日、同市東区(鳥越瑞絵撮影)

 政治色の強い展示が物議を醸した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」が閉幕した。企画展「表現の不自由展・その後」には、元慰安婦を象徴する「平和の少女像」や昭和天皇の肖像を燃やすような動画が登場し、公的展示のあり方をめぐる騒動に発展した。芸術祭で浮かび上がった課題や教訓について、麗澤大の八木秀次教授と「ミヅマアートギャラリー」を主宰する三潴末雄氏に聞いた。

八木氏「問われる政治的中立性」

 --芸術祭では、平和の少女像に加え、昭和天皇の肖像を焼くような動画が問題となった

 「作者の大浦信行氏は10月12日付の朝日新聞朝刊のインタビューで、『傷つけることではなく昇華させることでした』と述べているが、批判が起きた理由として『天皇を神聖視する感覚』が意識に眠っていると分析している。昇華させるというのは後付けの言い訳なのは明らかだ。芸術は見る人の受け止めも重要で、多くの人が昭和天皇への冒涜(ぼうとく)と感じている」

 --芸術祭で浮かんだ課題は

 「大きく2つある。一つは公共施設における展示のあり方だ。今回は愛知県と名古屋市が実行委員会に入っており、事実上の主催といえる。芸術の名を借りた『政治的プロパガンダ』とおぼしきものは、公的施設での展示にあたって慎重な判断が必要だと思う」

 --愛知県の大村秀章知事らは、憲法21条の「表現の自由」を理由として、芸術への行政の口出しに反対している

 「芸術といえども表現の自由において、特権的な地位はないというのが最高裁の確立した考え方だ。文化芸術基本法の国会での付帯決議に文化芸術活動の内容について『不当に干渉することないようにすること』とあることを理由に、芸術に対する介入を批判する人もいるが、正当な介入は否定していない。行政の長は自治体住民の意見や利益を代表している存在だ。芸術家と称する専門家の企画について、自治体は『金だけ出せばいい』という理屈を住民は納得できるのか。公益性や政治的中立性が問われるはずで、文化芸術基本法の付帯決議の指す『不当な干渉』の不当とは何なのかという議論が必要だと思う」

 --芸術祭を通じて浮かび上がったもう一つの課題とは

 「行政による補助金や助成の問題だ。文化庁が芸術祭への補助金不交付を発表したことに、『検閲にあたる』『政府の意向に合った展示しかできなくなる』との意見がある。しかし、補助金や助成金は公金を基にしており、支出にあたって、公益性が求められるのは当然だと思う。反体制を唱えつつ金銭面は体制側から搾り取るというのは、芸術家の生き方として矛盾しているのではないか」

 --芸術祭をめぐる議論では、芸術などを神聖化しようという雰囲気も感じられた

 「安倍晋三政権が長期化するなかで、芸術や学問といった分野での既得権益が脅かされるという危機意識があるからだろう。科学研究費補助金(科研費)がその本丸で、そこに発展しないよう予防線を張ったのではないか」  (森本昌彦)

【プロフィル】八木秀次(やぎ・ひでつぐ) 昭和37年生まれ。早稲田大大学院政治学研究科博士後期課程退学。専攻は憲法学。法制審議会民法(相続関係)部会委員を務め、現在は内閣官房・教育再生実行会議有識者委員など。著書は『憲法改正がなぜ必要か』(PHP研究所)など多数。

三潴氏「主張の表現方法が未熟」

 --「表現の不自由展・その後」をめぐる騒動を振り返って

 「そもそも不自由展がなぜ長期間、公開中止となったのか。脅迫は言語道断だが、抗議の殺到など外的圧力にのみ理由を求めるのではなく、企画自体が公的イベントの中で行うにふさわしい内容だったのか、基本的議論が欠けたままになっている」

 --芸術祭を鑑賞した感想を

 「不自由展を除く芸術祭全体としては、現代社会の暗部に踏み込んだ見応えある作品が多く、芸術の専門家であるキュレーター・チームの企図を理解できた。一方、不自由展のいくつかの作品には、主義主張をあからさまに表す未熟さ、手法の旧(ふる)さを感じた。元慰安婦を象徴する少女像、国旗や政治批判の紙を貼り付けた“円墳”…。アートを政治主張の小道具にしてほしくないが、やるならせめてメタファー(暗喩)やユーモアが必要。深い部分に毒を仕込むべきで、毒まんじゅうが毒まんじゅうとわかる作品はダメだ」

 --芸術祭のつくり手であるキュレーター・チームはなぜか不自由展に関与していなかった

 「不自由展の実行委員会というアートのプロとはいえない団体と、彼らを(芸術祭に)誘い入れた津田大介・芸術監督との約束により、他のキュレーターが口出しできないゆがんだ構造があったようだ。実際、不自由展の中身についてキュレーターたちの発言が聞こえてこない」

 --不自由展の中止に抗議し、自らの作品の展示中止・変更をした参加作家も多かった

 「展示室入り口に抗議文や声明を掲げる作家もいたが、来場者に自分の価値観、思想を押しつける傲慢さを感じた。暗く閉ざされた展示室の前を通り過ぎる来場者のことも考えるべきだ。一般市民が入場料を払って見に来る、公的な国際展。抽選方式という、不自由展の不完全な再開方法も問題だった」

 --文化庁の補助金不交付決定に、「文化を殺すな」との反発もある

 「『文化を殺す』のは補助金を出さない文化庁ではなく、補助金がなければ文化活動を果たせないと主張する作家たちだ。表現の自由を盾に検閲だ、人権侵害だと訴える作家に言いたい。公金で、公的な場所で無制限に何でもできる自由はどこの国にもない。日本より自由が制限されている国でも、作家は同じことを言うために別の方策を講じるなど、命がけで制作している。実践と内省が彼らの表現を強く、深くさせる。デモでスローガンを掲げるより、芸術的実践の中で闘って初めて、表現の自由は勝ち取れる。作家には『アトリエに帰れ』と言いたい」   (黒沢綾子)

【プロフィル】三潴末雄(みづま・すえお) 昭和21年、東京都生まれ。成城大卒。平成6年、ミヅマアートギャラリーを開廊。現在は東京・市谷田町とシンガポール、ニューヨークを拠点とし、国内外の作家の発掘、育成、紹介に注力している。著書に『アートにとって価値とは何か』(幻冬舎)など。

◇◇

■記者の目「展示方法が不自由だったのでは」

 「表現の不自由展・その後」の展示が再開された10月8日、取材に訪れた。

 「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」の中間報告には、抗議を行った人を「(作品を)見ていない人がSNS上の断片画像を見て」と記されていた。だからこそ、自分の目で問題となった作品を見て記事を書きたかった。しかし、安全面を理由に当日の取材は許されなかった。

 不自由展の鑑賞も、抽選の当選者に限定された。閲覧者に話を聞くと、複数の人から「残念」との声が聞かれた。記者は結局、現在に至るまで、問題とされる作品を見ていない。

 「見ていない人が抗議した」というような表現は一部のメディアでも見られた。であれば、作品を多くの人に見せる努力が必要ではなかったか。そのうえで議論が深まる様子を見たかった。不自由だったのは実は、展示方法ではなかったかとの思いを強くしている。   (森本昌彦)

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