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【日本語メモ】「いか」に住んでいる父と母

 日本語の特徴として同音異義語の多さが挙げられます。慌てて文書を作成すると、どうしても変換ミスが発生してしまいます。

 「内臓」と「内蔵」、「人口」と「人工」、「衛生」と「衛星」、「仮設」と「仮説」、「符号」と「符合」、「形成」と「形勢」などです。

 同音異義語が時として思わぬ誤解を招き、騒動を引き起こすことがあります。

 かつて国会の委員会での質疑応答で、答弁者が「それは傍論であります」と述べたところ、質問者が「暴論とは何ですか。撤回しなさい!」と反発し、議論がかみ合わなくなってしまったことがありました。

 傍論(裁判の判決文のうち判決理由と関係のない部分)を暴論(乱暴な議論)と勘違いしてしまったのです。

 その場面をおもしろおかしく伝えるテレビ映像を見ながら、「国権の最高機関」の議論としてあまりにもお粗末だなと呆れてしまいました。

 実は私もとんでもない思い違いをしたことがあります。

 小中学校で習い、合唱した唱歌「故郷(ふるさと)」の歌詞に「いかにいます父母」とあるのを、当時意味も分からずに歌っていた私は「この歌を作った人の両親は『いか』という場所に住んでいるのか。それにしても珍しい地名だな」と思い込んでいましたが、40歳を過ぎたある日突然気付いたのです。「いかに」は「如何に」であり、「父や母はどのようにしておいでだろうか」が正しいのだということに。

 30年近くもこんな簡単なことに気付かなかった自らの不明を恥じるばかりですが、周りの誰かに「いかって何県の地名なの?」と聞きさえすれば防げた間違いでした(笑われたでしょうけど)。

 先日、父に「ディズニーシー」に子供を連れて行った話をしたところ、「AとBにはもう行ったか?」と真顔で尋ねられてしまいました。

 知らないという事は恐ろしい。疑問点があれば知ったふりをせず、恥ずかしがらずに聞いてみることを心掛けたいですね。

 「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」ですから。(あ)

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