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【一聞百見】ブルースハーモニカ日本一…全盲で車いす、奇跡のミュージシャン 山下純一さん(44)

パーソナリティーを務めるラジオ大阪の番組「山下純一のバリアフリーFUNK!」(毎週日曜午前4時から放送)の収録に臨む =大阪市港区(南雲都撮影)
パーソナリティーを務めるラジオ大阪の番組「山下純一のバリアフリーFUNK!」(毎週日曜午前4時から放送)の収録に臨む =大阪市港区(南雲都撮影)
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■猛勉強の末…大学でみた「地獄」

 盲学校の高等部に入るとドラムセットがあった。それを恐る恐る触ってみたのが、軽音楽にはまるきっかけになった。「リンドバーグが好きでした。そっから村上ポンタ秀一さんや東原力哉さんとかを聴きまくりました」。自分の体の条件に合わせて教えてくれる先生はなかなかいない。基本は独習だった。「CDで繰り返し聴いて後は教則ビデオ。画面は見えないけれど音と言葉をひたすら聴きました。それが村上ポンタさんのビデオでした」

 もう一つ、高校時代に出会って人生を変えたものがある。点字だ。視力の悪化で中学ではほとんど勉強できなかったが、「この子はやればできる」。中学時代の恩師、病院の看護部長らさまざまな人の後押しで半ば強制的に大学を目指すことになった。ほぼ見えない以上、勉強には点字が欠かせない。なにより、一度失った読み書きの手段を、再び手に入れた喜びは想像以上だった。「点字はなんて便利なもんなんだろうと、感謝したのを今でも覚えてます。だから、覚えるのはめちゃくちゃ早かった。もっとどんどん教えてくれ、そう思っていました」

 病気のため、目や足だけでなく、その手も自由とはいえないが、最初はできなくても何回も何回も繰り返し、自分なりの方法を体に染みこませる。ドラムと同じだった。「ドラムも点字もどっちも楽しかった」。基礎から勉強をやり直し、2浪して京都の私立大学に合格した。「点字のいい所は病院で消灯しても勉強を続けられること。真っ暗のなかでも全然できる。あれは強みでした」。夢はドラマー、大学では軽音楽部に入部した。健常者のなかでどれくらい通用するのか、腕試しをしたい気持ちもあった。

 しかし、ようやく手にした大学生活では、のっけからつまずいた。

高校時代に出会ったドラムが山下純一さんの人生を変えた(本人提供)
高校時代に出会ったドラムが山下純一さんの人生を変えた(本人提供)
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 当時、視覚障害者の学生は自分一人。履修手続きから難関だった。大学の担当者は電話帳のような分厚い資料をどんと置くだけ。「僕読めないんです」というと「友達にやってもらってください。友達いないんですか?」と聞かれた。「今思えば、入学直後に友達がいなくて当然だったんですが、いないっていうのもいやじゃないですか」。仕方なくボランティアクラブに頼みにいくと「うちは学内はやってないんで」と断られた。「山下君だいじょうぶか」。そう言って教室の移動を手伝ってくれたのは、ガードマンだけだった。

 入部のさいのドラムの腕見せで、並み居る先輩たちをうならせて入った軽音楽部でも「地獄」をみた。ライブでもあると、1年生にはさまざまな用事が割り振られる。だが自分はただ朝早く行って待つだけ。トイレに行きたくなると、懐中電灯をピカピカつけて合図をする、それも情けなかった。みんなが怒られても自分だけ飛ばされた。「おれも怒ってくれ。怒ってくれないと輪に入られへん」

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