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【川村妙慶の人生相談】過去のいじめが辛く、悔しい

相談

 80代の女性。昔、いじめられたことと、その後の悔しい出来事が心にしみつき、いまだに忘れられません。

 小学5、6年生の2年間、私はクラスで「のけ者」にされ、お遊び会に呼ばれなかったり、囃(はや)し立てられることが日常茶飯事でした。

 中学では部活の仲間ができ、いじめもおさまりました。ところが高校の時に開かれた小学校の同窓会で、先生から「あなたがいじめをするとは…考えられん」と真逆の話を聞かされました。かつてのいじめの大将が「(相談者から)いじめられている」と先生に訴えていたそうです。腰を抜かすほど驚きましたが、口べたな当時の私は、言い返せませんでした。

 私はこんな気持ちをあの世まで抱えていくのでしょうか。どうすれば忘れることができるでしょうか。

回答

 ようこそお便りくださいました。和紙の便箋に手書きの温かみを感じました。きっと優しい方だからこそ、理不尽なことをする人に大きな悲しみを感じておられるのではないでしょうか。多感なころにいじめを経験され、どれほど心に傷を負われたことでしょう。恨んでも過去は取り戻せない、分かっていても悲しみは消えないものです。

 親鸞聖人は29歳のとき、「ただ念仏して、弥陀(みだ)にたすけられまいらすべし」という法然上人のお言葉に出合いました。それは、権力や嫉妬の中でいがみ合うのではなく、老若男女が共に同朋(どうぼう)としてお念仏することで、誰もがたすけられることを願われたのです。

 しかし、「誰もがたすかる」ということは、「悪人もたすかる」ことになります。それは、道徳観を根底からひっくり返すことになります。親鸞聖人は「誰しも、人を傷つけてきた罪悪深重の身」とおっしゃいましたが、誤解を招き、法然上人は土佐(高知)に、親鸞聖人は越後(新潟)に流罪となりました。

 私なら「弾圧した人を憎み、仕返しさえしたく」なります。しかし、親鸞聖人は「弾圧する人をあわれみなさい」とおっしゃいました。なぜでしょうか? 弾圧する側にも理由があり、一つは、「国家の命令に従わないといけない」。二つ目は「お念仏の大切さを知らない」。そして「自分の不安を、怒りで出すことしか知らない」からでしょう。怒りを怒りで返すのではなく、あわれむ。「いつか分かってもらえたらそれでいい」という慈悲の心です。

 私たちはいずれ、「お浄土」へと還っていきます。字の通り、「争い」を「水に流し」ていける世界です。あなたはたくさん傷ついたことで、本当に優しい人間として生きてこられました。憎い人を相手にするのではなく、あなたの人生を大切に生きてください。念じています。

回答者

川村妙慶  僧侶兼アナウンサー。昭和39年生まれ。ラジオのパーソナリティーとして活動するほか、ブログの法話を日替わりで更新している。著書に「人生後半こう生きなはれ」(講談社+α新書)など。10月からNHKラジオ第2「こころをよむ」(毎週日曜午前6時45分)に出演。

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 住所、氏名、年齢、職業、電話番号を明記のうえ、相談内容を詳しく書いて、〒100-8078 産経新聞文化部「人生相談 あすへのヒント」係まで。

 〈メール〉life@sankei.co.jp

 〈FAX〉03・3270・2424

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