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【御朱印巡り】長野・松川 鈿女(うずめ)神社 芸能の神 今でも参拝者絶えず

御朱印は簡素極まる。「奉拝」と日付の筆字が御朱印に重ならないようにしている(松本浩史撮影)
御朱印は簡素極まる。「奉拝」と日付の筆字が御朱印に重ならないようにしている(松本浩史撮影)
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 天鈿女命(あめのうずめのみこと)は芸能の神様として知られる。天岩戸に隠れた天照大神(あまてらすおおみかみ・天照大御神)の関心をひくため、踊りを披露した。いわば日本最古の踊り子なのだ。神社の御祭神としてあがめられている。

 桓武天皇から「鬼賊」を征討するよう命じられた坂上田村麻呂が、神社のあるこの地に至った際に「神威」を感じ、天鈿女命を祭ったと伝わる。もっとも、神社の正確な創立時期は不明だが、霊験あらたかな「おかめさま」として信仰を集めるようになったという。

 周辺には田畑が広がり、境内もひっそり静まり返っている。だが、大正から昭和時代の初期にかけてはおおいににぎわい、約150メートルあった参道には、料亭や旅館、おまんじゅうなど土産物のお店などが立ち並んでいた。その時分の参拝帳を見ると、月に5000~6000人が参拝したとの記録が残っている。

 近くにはJR北細野駅がある。旧信濃鉄道が走っていたときの駅名は「おかめ前駅」だった。駅が設置されたのは、参拝者があまりに多く、交通の便をよくするためだった。往時の盛況ぶりを物語る。駅名は国営化に伴い改称されてしまった。

 拝殿に置かれている奉納された太鼓の胴には、奉納者の名前が連名で刻まれており、複数の芸者の名前を確認できる。松川村は養蚕で栄えた池田町などと隣接しており、お大尽を相手にする芸者の出番もたくさんあったのだろう。芸能の神様として崇敬されていた証しである。

 不思議なことに、先の大戦で拝殿の左右にあった銅製の灯籠を供出したころから、なぜか次第に寂れてきたという。

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