PR

ニュース プレミアム

虚飾にまみれた結婚式 作家・古谷田奈月さんが描く『神前酔狂宴』

結婚式場を舞台に小説を書いた古谷田奈月さん
結婚式場を舞台に小説を書いた古谷田奈月さん

 「ミクロなこと、ごくごく個人的なことを書いていって、それが自然と社会を反映することもあるのかもしれない」。古谷田奈月さん(37)の新しい長編小説『神前酔狂宴(しんぜんすいきょうえん)』(河出書房新社)は、ほとんど結婚式場の中だけで物語が進む。虚飾にまみれた祝宴を切り回す人々の小さな日常の先に、社会や国についての大きな問いが潜む。

 脚本家を志す主人公の青年・浜野は、明治期の軍神を祀(まつ)る神社に併設された結婚披露宴会場でのアルバイトを始める。時給の良さにひかれて軽い気持ちで始めた仕事。だが、給仕として新郎に全力で忠誠を尽くす浜野はやがて現場を取り仕切る立場に出世する。

 古谷田さんも、神社併設の結婚式場で10年ほど働いた経験がある。作中で描く、神社の拝殿前を通るときは必ず深く一礼-というルールも実際にあったという。「自分は何に対して頭を下げているのか、と一礼するたびに思った。こんなに軽々しく、訳の分からないまま敬意を示してしまっていいのかな?って」

 信仰心よりも形式が先行する現実。同じように、愛する2人を祝う披露宴だって常識外れの金額で虚飾の限りを尽くす茶番だ、と浜野は悟る。あげく〈自分の本心と結婚したい〉と言って“お一人様婚”を希望する女性客も登場する。結婚、家族、国、信仰…。私たちが漠然と「大きなもの」と捉えているそんな言葉に潜む空虚さが、軽妙な語り口にのせて次々と暴かれていく。「形式的なものへの違和感なのかな。儀式もそうだし、家族という単位もそう。一生添い遂げるパートナーって、本当に必要なの?って。そんな疑問が書きながらはっきりしていく感じがありました」

 一方でこの小説は、物語を書くために奮闘する人間の成長譚でもある。この世界の空虚さや滑稽さをまるで楽しむようにして陽気に突っ走る浜野の姿はどこか危ういけれど、ときにたくましくも映る。「空虚だからといってむなしいだけじゃない。空虚や空白であるからこそ自分仕様に補える。自由にもなれる。物を書く人間にとっては『空白=生きる場所』。それは私自身のことでもある」

 織田作之助賞を受けた『リリース』では同性愛者が多数派となった世界を描いた。昨年の三島賞受賞作『無限の玄』は男ばかりの旅回りバンドの物語。設定はそれぞれ違っても、家族や性別意識といった社会の根本を見つめる姿勢は一貫している。

 「たぶん、私は生きていくなかで分からないことが多いんだと思います。みんなは大人になって何となく分かっている感じでやっていくけれど私は分からないまま。だからそこを見続けるしかないんですよね」(文化部 海老沢類)

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ