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「上を向いて歩こう」は茨城弁だった 日航機墜落から34年 坂本九さんの「郷土愛」

笠間稲荷神社で挙式した坂本九さんと柏木由紀子さん夫妻=昭和46年12月(笠間稲荷神社提供)
笠間稲荷神社で挙式した坂本九さんと柏木由紀子さん夫妻=昭和46年12月(笠間稲荷神社提供)
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 乗員乗客計520人が亡くなった昭和60年の日航ジャンボ機墜落事故から12日で34年。搭乗者の中には国民的人気歌手、坂本九=本名・大島九(ひさし)=さんもおり、43歳で帰らぬ人となった。茨城県笠間市は坂本さんが幼少期を過ごした、いわば第二の故郷に当たる。親交のあった笠間稲荷(いなり)神社の宮司、塙東男(はなわ・はるお)さん(74)に坂本さんの素顔や懐かしいエピソードを聞いた。

 川崎市生まれの坂本さんは戦時中の空襲を逃れるため、母、いく江さんの故郷の笠間へ疎開。普段は川崎で働き、週末に笠間へ戻る母を坂本さんは高台で待ち受け、その姿を見つけると駆け寄って抱きついたという。「そのときの情景を思い浮かべながら『見上げてごらん夜の星を』といった曲を歌っている」と後に坂本さんは話した。

 昭和36年に発売された『上を向いて歩こう』は『スキヤキ・ソング』として海外でも発売。全米1位となり、レコードの売り上げが全世界で1000万枚以上という大ヒット曲だが、「うえをむうういて、ああるこおおう」という独特の歌い回しは、実は坂本さんが慣れ親しんだ、語尾に特徴のある茨城弁を取り入れたアドリブだったという。坂本さんは「作曲した中村八大さんは喜んでくれたが、作詞の永六輔さんは猛反対だった」と笑いながら塙さんへ明かした。

 母が笠間稲荷神社の熱心な崇敬者だったこともあり、坂本さんもデビュー前から同神社へ参拝。スターとなってからも節分に豆をまく「撒豆行事司」(さんとうぎょうじつかさ)を毎年のように務めた。昭和46年12月、女優・柏木由紀子さんと同神社で挙式。その前夜に幼なじみから同窓会へ誘われると「いいよ」と快諾し、2時間近くも付き合ったという。「友人や親しい人をいつまでも大切にした」と塙さんは回想する。

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