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女性作家初独占の「直木賞候補」異変の裏側

第161回直木賞の候補作を発表する、文芸春秋の小説誌「オール読物」7月号
第161回直木賞の候補作を発表する、文芸春秋の小説誌「オール読物」7月号

 17日に選考会が迫る第161回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)が意外な形で注目されている。直木賞候補を女性作家の6作が占めたからだ。候補者が全員女性となるのは芥川賞を含めて初めて。近年の女性作家の躍進を象徴するような出来事の背景には何があるのか-。(文化部 海老沢類)

気づいたら…

 「いつも通り作品本位で選んだ結果。男性か、女性かを意識したことは全くない。候補の顔ぶれが出そろったときに初めて『そういえば、みんな女性だ』と気づいたくらいで…」

 今回の直木賞候補を選ぶ予備選考に携わった関係者はそう振り返る。

 候補に選ばれたのは以下の6作(敬称略)。朝倉かすみ「平場(ひらば)の月」(光文社)▽大島真寿美「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び(いもせやまおんなていきんたまむすび)」(文芸春秋)▽窪美澄「トリニティ」(新潮社)▽澤田瞳子(とうこ)「落花」(中央公論新社)▽原田マハ「美しき愚かものたちのタブロー」(文芸春秋)▽柚木麻子「マジカルグランマ」(朝日新聞出版)。

 著者は30~50代で、時代小説あり、中年男女の恋愛物あり、実在の人物に材を取ったヒューマンドラマあり、と多彩だ。ある出版関係者は「作家として一定のキャリアを積んできた実力派ぞろいで、作品の力も拮抗(きっこう)している。2作受賞もあるのでは」と話す。

全体では男性優位

 芥川賞・直木賞は、文芸春秋の創業者で作家の菊池寛によって昭和10年に創設された文学賞で、20~23年の中断を除いて毎年2回実施されてきた。芥川賞は純文学の短編や中編を対象にした新人賞。直木賞はエンターテインメント小説から選ばれ、中堅作家も対象になる。過去160回の両賞受賞者に占める男性の割合は7割強に上り、全体として男性優位の傾向にある。

 直木賞の前回までの受賞者は189人。このうち女性は44人で、全受賞者に占める女性の割合は約23%にとどまる。芥川賞でも前回までの受賞者169人のうち女性は48人。直木賞よりは女性の比率は若干高いが3割に届いていない。

 ただ、「平成」以降の受賞者だけに着目すれば事情は大きく変わる。直木賞受賞者78人のうち女性は27人で、女性の比率は約35%にまで上昇。芥川賞に至っては、受賞者67人のうち女性は28人で、女性の割合は約42%となる。

 平成16年には、芥川賞を当時19歳の綿矢りささんと当時20歳の金原ひとみさんの2人が射止め、社会現象に。節目となった26年の第150回では、芥川賞を小山田浩子さん、直木賞を朝井まかてさんと姫野カオルコさん、と両賞を女性3人が独占するなど、女性の躍進を印象付ける場面が増えている。

1990年代が転機

 なぜ、女性作家の存在感が高まってきたのか。

 大きなうねりがあったのは1980年代後半から90年代にかけてだ。1986(昭和61)年に男女雇用機会均等法が施行され、女性の働き方は多様化。その翌年には芥川賞と直木賞に、初の女性選考委員が誕生する。芥川賞の河野多惠子さんと大庭みな子さん、直木賞の田辺聖子さん、平岩弓枝さんの4人だ。ほかの文学賞にも女性選考委員が増えて、作品の評価軸も多様になっていった。

 1996(平成8)年には芥川賞を川上弘美さん、直木賞を乃南アサさんと両賞を初めて女性2人が独占した。これまで男性作家の多かった社会派ミステリーなどの分野でも、高村薫さんや宮部みゆきさん、桐野夏生さんらがベストセラーを連発していった。「男性の“専有物”のようだった時代小説にも次々と女性作家が新しい視点を持って入ってきた」と文芸評論家の伊藤氏貴さん。その流れは今も続いている。

ギャップを描く

 文芸評論家の斎藤美奈子さんは著書「日本の同時代小説」(岩波新書)の中で、90年代を「女性作家の時代」と総括し、背景事情をこうつづる。〈八〇年代のさまざまな実験を経て、九〇年代初頭、文学界の周辺では「もう書くことは残っていない」とさえ囁かれていました。しかし、有形無形の壁にはばまれ、差別と偏見の中にいる女性には、書くべき材料がいくらでもあった。書かれていないことだらけだった〉

 伊藤さんも「今の世の中は女性にしか書けない問題をたくさんはらんでいる」と話す。相次ぎ発覚した女子受験生らを不利に扱う大学医学部の不正入試はその典型だという。

 「男女同権が表面上のコンセンサス(合意)を得ていても、現実との間にはまだギャップがある。ときに理不尽な偏見や差別といった形で現れる、そうしたギャップを多くの女性作家が描いている。男性も現実を頭では理解していているつもりでも、実感するまでには至っていないのでは」

 今回の直木賞候補作をみれば、それも納得できる。窪美澄さんの「トリニティ」は、結婚と出産を経験した働く女性の前に立ちはだかるさまざまな「壁」を描く。柚木麻子さんの「マジカルグランマ」には、世間が押しつけるステレオタイプな「かわいいおばあちゃん」像への痛快な批判が息づく。

 伊藤さんは言う。

 「女性作家の書くべきことは女性たちの読みたいことでもある。文学賞での女性優位も、男女平等が完全に達成されたと人々が感じられるときまで続くのではないでしょうか」

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