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【山本隆三の快刀乱麻】変わる石油の地政学、変革を迫られる石油会社

米テキサス州にある油田施設(ロイター)
米テキサス州にある油田施設(ロイター)

 1990年8月、クウェートに侵攻したイラクに対し、米国を中心とする多国籍軍は翌年1月、イラクを空爆し湾岸戦争が始まった。対空砲火が鳴り響くイラクの首都バグダッドのホテルからのCNN特派員による実況中継は、世界中を驚かせた。

 イラクのフセイン政権は2003年、大量破壊兵器を保持しているとして米国を中心とした連合軍の侵攻を受け、崩壊する。この戦争はイラク戦争とも言われ、目的は米国による石油権益と資源の確保だったとの説が根強く流れた。

 当時、米国の原油生産量は減少を続けていた。ピーク時の1970年に日量約976万バレルだった生産量は、93年には約685万バレルとなり、輸入量(約866万バレル)を下回るレベルにまで減少していた。生産量の落ち込みは、カナダ、サウジアラビア、ベネズエラなどからの輸入で穴埋めした。中東をはじめとする産油国が米国の原油供給に果たす役割は大きく、米国は供給確保のためにも中東に関与していたといえる。

 いま、中東ではイランと米国の関係が悪化し、イランはホルムズ海峡封鎖までほのめかしている。しかし、現在と湾岸戦争、イラク戦争当時とでは決定的に違う点がある。

 2000年代後半からのシェール革命によって、米国ではシェールオイル生産量が増える一方、原油輸入量が05年をピークに減っている。米国にとって、中東の原油生産量、埋蔵量は死命を制するものではなくなったのである。

 米国にとって重要なことは、国内の原油生産者が財務的に困難な状況に陥ることがない原油価格水準と、米国の消費者が不満を持つことがない価格レベルの維持に移ってきているだろう。

 米国の対イラン制裁で、イラン原油の世界市場への供給量が落ち込んでも、米国の消費者が憤りを感じるほどのガソリン価格にはなりそうもない。そのため、米国はイランへの制裁強化を続けることができる。

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