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【びっくりサイエンス】解読進む古代都市バビロンの天文日誌 最古のオーロラ記録も

アレクサンドロス大王のバビロン入城を記録した紀元前331年の粘土板。下から5行目以降に「世界の王アレクサンドロスがバビロンに入った」などとある(大英博物館の許可を得て三津間康幸氏が撮影)
アレクサンドロス大王のバビロン入城を記録した紀元前331年の粘土板。下から5行目以降に「世界の王アレクサンドロスがバビロンに入った」などとある(大英博物館の許可を得て三津間康幸氏が撮影)
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 天文日誌を残したのは、バビロンの主神マルドゥクを祭る神殿で天体観測に関わってきた学者たちだ。三津間さんは「当時の神殿は企業的な性格も有し、経済活動を行っていた。そのこともあって詳細な記録を残したのでは」と推測する。

 天文日誌が書かれた期間には、ユダヤ人のバビロン捕囚や、アケメネス朝ペルシャ帝国を破ったアレクサンドロス大王のバビロン入城といった世界史上の出来事が次々と起きた。歴代の学者たちは、それらの目撃者でもあったわけだ。

古代の“ビッグデータ”

 バビロンは、イラクの首都バグダッドから南へ約90キロのユーフラテス川沿いに成立し、紀元前18世紀ごろには「目には目を、歯には歯を」の法典で知られるハンムラビ王が統治した。

 天文日誌が書かれていた紀元前6世紀ごろには、新バビロニア王国の首都として繁栄。日干しれんがの城壁や天然のアスファルトを用いた舗装道路も作られ、人口は当時としては空前の約20万人にも達した。

 学者たちが仕えた神殿には「ジッグラト」と呼ばれる高層建築物もあり、これがバベルの塔のモデルとなったとされる。まさに古代メソポタミア文明を象徴する大都市だったが、紀元後2世紀までに街は廃れ、楔形文字も失われた。

 “バベルの塔”の下で連綿と書き継がれてきたバビロン天文日誌。三津間さんは「これはいわば“ビッグデータ”だ。未知の出来事に加え、河川の水位や農作物の価格などから当時の気候変動が分かるかもしれない。ライフワークとして解読に取り組みたい」と意気込む。(科学部 小野晋史)

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