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降旗康男監督を悼む 撮影監督、木村大作さん(下)「かっこよくなんて生きられない」

死去した降旗康男さん
死去した降旗康男さん

 映画監督、降旗(ふるはた)康男さんが5月20日、84歳で亡くなった。多くの作品で撮影監督を務めたカメラマンの木村大作さん(79)が悼む。

(聞き手 文化部 石井健)

あ・うん

 「降旗さんとは、映画の企画の中身を細かく話し合ったことなんてないな。僕は、降旗さんがやりたいことは全部やるって決めていたから、降旗さんが『この企画をやりたい』と言えば『はい、分かりました!』さ」

 --降旗監督を信奉していた

 「降旗さんの考えがはっきりするまでは、他の仕事を受けない。だから僕は、いつも待機していた。1年以上待ったのに、結局ダメになった企画もある。だけど、降旗さんに対しては『なんでえ』って気持ちにはならないんだから、不思議な関係だよ」

 --ならないのか

 「ならない、ならない。最初に会った『駅 STATION』で、『大ちゃんは、映画作りについては、進む方向が僕と全く同じだね』って言われた。会って、二言三言話せば、相手のことが大体分かるよね。『あ・うん』っていう映画も撮ったけど、まさに僕らはあうんの呼吸だった」  --なるほど

 「降旗さんも、自分の結論が出るまで大ちゃんは他の組にはいかないって、僕のことを信頼していた。お互いの心の中は見通していた。他にはないコンビだったと思う」

水のように

 「降旗さんは、人格者だ。スタッフを叱ったところは、40年間で一度も見たことはない。僕なんか、すぐに怒り出すわけね。性格は全く違うんだけどウマが合った」

 --2人で、どんな話をしたのか

 「実は、あんまり会話をしたことがない。お酒を飲むと、僕は一生懸命しゃべり、降旗さんはそれをニコニコ聞いている。それでも、降旗さんの言葉は、たくさん記憶に残っている」

 --例えば

 「一番は、『大ちゃんは、水が流れるように生きた方がいいよ』だ。木村大作は何かと言えば他人と衝突するが、通り過ぎなさいということ。僕はどうしても『てめえ、このやろう』ってなっちゃうけど、他人ともめそうになったら水に流せと。いまだに治ってはいないけど、降旗さんと出会って以降、大問題は起こしていない。この言葉が戒めとして心にあるからだよ」

哲学者

 --思い出深い作品は

 「それはやっぱり、降旗康男、高倉健、木村大作による7本。『駅 STATION』以降は、健さんが選ぶものを降旗さんが監督するっていう感じになるんだけど、どれもそれなりの作品だと思うよ」

 --撮影現場での思い出は

 「僕は、現場で怒鳴る。撮影にはノルマがあるんだ。だから、僕が“議事進行”みたいな役目を担っていたわけだ。できないことを早くやれ、などと言うわけではない。できるまでちゃんとやれ、と言うんだ。映像を良くするためには、そこをもっとやらないとだめだと。降旗さんは、それをじっと待った。それで、思い通りの映像を撮った」

 --降旗監督は、どんな人だったのか

 「僕は、降旗さんは哲学者だといっていた。いつも非常に意味の深いことを言った。健さんは、『ごまかされているみたいな気分になるが、終わったら降旗の言ったとおりになっている』って言っていた」

ハッピーエンドは嫌い

 --映画監督としては

 「トップの監督だと思う。時々、降旗さんの映画を悪く言う人もいるけど、そういう人は降旗さんの人間性を理解していないんだな。描くものは常に一貫してぶれることがない。稀有(けう)な監督だ」

 --一貫していたものとは

 「降旗さんは、ハッピーエンドが大嫌いだった。健さんがさわやかな人なんで、そうは見えないんだけど、僕とやった作品は、全部、主人公は不幸な人だ。女房と別れていたりさ、なんか、いろいろ。それでも人間は生きていかないといけないんだ、というのが降旗さんの映画」

 --なるほど

 「降旗さんの言いたいことは、生きていくことが第一義だっていうことだよな。つまり、人間はかっこよくなんて生きていけないんだっていうことなんだな。うん。僕なんかは、最後には少しは幸せになりたいっていう気持ちがあるから、監督をやっても降旗さんみたいにはやれないよね」

 --降旗監督は木村さんにとって、かけがえのない存在だった

 「もう、僕にカメラを頼む監督はいないな。黒澤明、森谷司郎、深作欣二、高倉健、そして降旗康男に会っていなければ、今の僕はないよね。降旗さんとは、もう少し一緒にできるだろうと思っていた。本当に残念無念だ」

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