PR

ニュース プレミアム

【正論7月号】天安門事件から三十年 《反共鼎談》民主化は不可能だ 中国人はチャンス失った 評論家・石平/静岡大学教授・楊海英/産経新聞外信部次長・矢板明夫

 89年4月15日に胡耀邦元中国共産党総書記が亡くなったことを機に運動が始まったわけですが、考えてみれば奇妙なことであって、天安門の民主化運動のきっかけは共産党独裁政権元トップの死去だった。もちろん胡耀邦は共産党の中で開明派だったのですが、開明派といっても共産党は共産党でしょう。

 楊 周恩来首相が亡くなったことがきっかけだった、76年の天安門事件も同じでしたね。

 石 そして89年の天安門事件では、本当の意味での民主化要求はそんなにありませんでした。訴えの中心は反腐敗と、自分たちの行動は愛国行動であることを認めてほしい、ということだったのです。象徴的な出来事は、学生たちが人民大会堂に行って共産党に対して跪いて請願したことでした。中国3千年の伝統で結局、民主化運動といっても政府に対するお願いだったわけです。

 楊 百年前の五・四運動は人民が下から立ち上がったものでしたが、共産党政権が成立してからの何回かの学生運動は皇帝に対して上奏文を出すときのやり方と同じで、封建時代とやり方が一緒なのです。89年のとき、我々は愛国的であることを標榜していました。ちなみに反日運動を起こすときも、常に「愛国無罪」ということを表明しなければ当局に取り締まられる、と中国人は肌で分かっているのです。

 石 今から思えばそれも天安門事件の限界でした。しかしそれにしても、天安門事件はその後の中国に非常に大きな影響を及ぼしたと思いますが、矢板さんはどう考えますか。

続きを読む

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ