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【正論7月号】天安門事件から三十年 《反共鼎談》民主化は不可能だ 中国人はチャンス失った 評論家・石平/静岡大学教授・楊海英/産経新聞外信部次長・矢板明夫

 ■民主化運動は誰に「利用」されたのか

 石平 それはたしかに民主化運動の限界だったと思います。民主化運動に参加していた人間は当時も今も、中華思想については中国共産党とそんなに立場が違いません。というのも、例えば民主主義は主張しても、台湾独立は絶対反対なんですね。

 楊先生が仰った「天安門事件は起きるべくして起きた」という背景には、その中の当事者だった私からすれば、やはり毛沢東時代、特に文化大革命時代の個人独裁の弊害が極端にまで達してしまったことがあったと思います。毛沢東の晩年は、彼の全くの一存・指示で国家国民の運命が翻弄され、何千万人の命が失われました。共産党の高級幹部でさえ、いつでも毛沢東に殺されかねない、人権とか権利とかが極端にまで剥奪された時代でしたから、毛沢東死去後の反動も大きかったのです。若者たちや知識人の一部、あるいは共産党の開明派の中に、このままではこの国はもうどうにもならないという一種の共通認識があった。そこにまた80年代、改革・開放政策の中で西側の思想がいろいろ入ってきたのです。だから当時は、大学の中でもルソーを語らないと女の子も話を聞いてくれないほどでした(笑)。

 楊 ルソーを語って愛を語っていたわけですね。

 石 それが流行でしたから。そういう中で89年の天安門事件は80年代の時代的雰囲気の集大成で、60~70年代の中国共産党、特に毛沢東政権の極端な個人独裁に対する反省からの運動であったわけです。私などは当時、血が沸いて、理想・理念のために命を投げ捨ててもいいと思っていました。しかし30年経った今、振り返ってみれば、当時の学生リーダーたちも本当に民主主義とは何かを理解していたのか、といえば必ずしもそうではなかったのです。

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