PR

ニュース プレミアム

【スポーツ裏方だより】上原浩治投手の引退、マネジャーが明かす舞台裏

上原浩治氏が最後にユニホームを身にまとった5月19日、ジャイアンツ球場で筆者(右)と(筆者提供)
上原浩治氏が最後にユニホームを身にまとった5月19日、ジャイアンツ球場で筆者(右)と(筆者提供)

 携帯電話が鳴った。上原さんからだった。「澤井、(5月20日の)月曜の夕方、空けといてくれるか」。「何かあるんですか」と問い返すと、「引退会見する」とのこと。今季は開幕から2軍で苦しいシーズンだった。ある程度、覚悟はしていたのだが、あまりに急な決断で驚いた。

 マネジャーの私はすぐに上原さんの自宅へ向かった。どんな表情をされているのか、どんな心境なのか、何を話せばいいのか。いろんなことを考えていた。しかし、本人はケロっとしていて、しんみりした話をするわけでもなく、いつも通りの会話をしただけだった。ただ、どこか柔らかくなった表情は、現役で闘うそれとは違ってみえた。

 偶然なのか、必然なのか。背番号19にこだわってきた上原さんの最後のユニホーム姿は2019年5月19日になることが決まった。

 上原さんの自宅から帰る途中、その日の練習を訪れることになっていた知り合いのカメラマンにメールでお願いをした。「一つだけわがまま言っていいですか。上原さんと2ショットの写真を撮ってほしいです。今まで撮ったことがないんです」。その時、急に涙がこみ上げてきた。そうか、本当に最後なんだと。これまでの上原さんのユニホーム姿が思い出されて、涙を堪えるのに必死だった。

 19日は、ユニホーム姿を目に焼き付けておきたくて、ずっと19番の背中を追いかけていた。いつも通り、淡々と汗をかく上原さんのキャッチボールを見ていると、「本当に引退するの」と聞きたくなるくらい、いい球を投げていた。一緒に練習をしている選手たちのほとんどは、上原さんが翌日に引退会見するなんて思ってもいなかった。

 涙目の私や引退を知るごく一部の関係者たちを見て、上原さんは「なんでお前らが泣くねん」と笑っていた。なぜ泣くのか、私もわからなかった。上原さんの今年の苦しみを知っていたからかもしれないし、自主トレのきつい日々を思ったり、ユニホームを脱ぐ悲しみを思ったからかもしれない。ただ、いろいろありすぎて言葉にならないのだ。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ