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【モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら】(51)辞職と断酒と成熟を

酒に酔って戦争による北方領土返還を元島民に質問した丸山穂高衆院議員
酒に酔って戦争による北方領土返還を元島民に質問した丸山穂高衆院議員

佐々木孝さんの言葉に深く共感

 スペインを代表する哲学者であるウナムーノ(1864~1936年)とオルテガ(1883~1955年)の研究と翻訳で数多くの業績を残された佐々木孝さん(清泉女子大、常葉学園大、東京純心大の教授を歴任し昨年末79歳で急逝)の未刊行論文集2冊を、縁あって息子さんから譲っていただいた。佐々木さん自身が、福島県南相馬市の自宅で印刷し製本した私家本である。

 その1冊『すべてを生の相の下に オルテガ論集成』のなかの小文「生の理法に立ち返れ」を読み、深く共感した。2001年9月11日、イスラム過激派が米国に仕掛けた同時多発テロをテレビで目撃した佐々木さんは、「私は私と私の環境である」というオルテガの有名な言葉を紹介する。「私の環境」とは私を取り囲む自然であり、国であり、社会であり、他者である。「私」とは、自身が選びようのない「環境」によって規定された存在なのだ。この言葉の直後にオルテガはこう続ける。「もしこの環境を救わなければ私の救いもない」

 「環境」の大きな要素である他者を理解し愛し慈しむことによってしか真の平和は訪れないし、「私」の救いもない、と佐々木さんは訴え、還暦をすぎてたどり着いた信念を披瀝(ひれき)する。

 《己の生命を犠牲にしてまで守るべき主義主張あるいは信念があってもいい。しかしそのために他人の生命を犠牲にしてまで守るべき主義主張や信念などあっていいはずがない》

 スペインの作家、セルバンテス(1547~1616年)が生み出したドン・キホーテがまさにそうであった。キホーテはこう言っている。「あらゆる不幸のなかで、その最たるものは死である、しかし、もしそれが立派な死であれば、その死はあらゆることに優(まさ)る、最高のものとなるからでござる」(『ドン・キホーテ』後編第24章)。こう信じてキホーテは遍歴の旅を続けた。戦いで相手を傷つけることはあっても、殺すことはついぞなかった。むしろ痛めつけられ、嘲笑を浴びることの多い旅であった。

 余談になるが、私が本紙に連載していた「鈍機翁(どんきおう)のため息」は、佐々木さんが40年以上も前に刊行した『ドン・キホーテの哲学 ウナムーノの思想と生涯』(講談社現代新書)に多くをよっていた。絶版になっていた同書は昨年、法政大学出版局によって『情熱の哲学 ウナムーノと「生」の闘い』と改題されて復刊された。名著である。

酒のせい?若気の至り?

 戦後の日本に生まれ育った凡庸で臆病な私は、キホーテのように生きることはできない。すなわち生命第一主義をけっして捨てられないと思う。それゆえに、右であれ左であれ「己の生命を犠牲にしてまで守るべき信念」を持つ人物には強い憧れを感じてしまう。60年以上を生きてきて、ほんの数人ではあるが、本物の人物に出会うことができた。はっきり言えるのは、みな寡黙で自己宣伝とは無縁ということだ。

 偽者といっては失礼だが、そのように見せかけただけの人物には数えきれぬほど出会ってきた。みな自己陶酔に陥りやすく、自分の信念を他者に押しつけがち、つまり、自分の信念のためなら他人を傷つけることもいとわないという共通項を持っていた。火を付けておきながら自分は知らんぷりするタイプだ。

 最近、ある映像を流したテレビに向かって、思わず「国士ぶってんじゃないぞ、若造!」と叫んでしまうことがあった。偽者だと感じたのだ。北方領土へのビザなし交流訪問団に同行、国後島の宿舎で酒に酔って、元島民の大塚小弥太団長に、「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」「ロシアが混乱しているときに取り返すのはオッケーですか」「戦争をしないと、どうしようもなくないですか」と質問した丸山穂高衆院議員(35)の映像だ。

 酒に酔うだけでなく、自分の「信念」にも酔っているように私には見えた。傲慢このうえない姿だった。私の叫びは、この姿に対する脊髄反射だ。いまその言葉は脇に置いて、少し冷静になって考えてみたい。

 北方領土を取り戻すには戦争か、ロシアの混乱に乗じた電撃作戦しかないと考えるのは自由だ。子供じみた考えではあるが。ただ、それを表明するにはTPO(時・場・機会)をわきまえるのが公職にある者の務めだろう。酔った丸山議員は最悪のTPOでかましてしまい、交渉相手のロシアにアドバンテージを与えてしまった。情報戦の巧みなロシアである。丸山議員の発言を利用して、交渉を優位に進める戦略を練るのは間違いない。

 この失態が報じられるや、日本列島は丸山議員の議員辞職を求める声で覆われてしまった。それはそうだろう。同じようなことを再びやられたらかなわない。さっさと辞職し、断酒会に入るなりして、自分を立て直すべきだ。それが日本のため、丸山議員本人のためにもなる。

 ところで、今回の騒動で気になるのは、政治家が戦争に言及することすらタブーになってしまいそうな空気が感じられることだ。しかし、現実に目を向ければ、戦争を仕掛けられる可能性はゼロとはいえない。ならば、これを契機として「日本は戦争とは無縁」とおめでたく信じ続けることが将来のためになるか、問い直してみてもいいのではないか。

 私自身は、外交の最終手段として「戦力」は保持しておくべきであり、そのためにも憲法を改正すべきだと考えている。世界から「平和国家」「おもてなしの国」と言われて喜んでいるようでは軽く見られるだけだ。国家にはすごみ、つまり、戦わずして相手に攻撃を断念させる力が必要なのではないか。

 話を丸山議員に戻そう。あなたは「言論の自由」を盾に辞職を拒んでいるようだが、問題はそんなことではない。国民が問題にしているのは、あなたの未熟さとアルコール依存傾向なのだ。繰り返すが、一刻も早く辞職して、断酒し、人間としての成熟をめざすべきだ。そういう気になったときに、ぜひ読んでもらいたい文章がある。それはモンテーニュの『エセー』第3巻第13章「経験について」だ。     (文化部 桑原聡)=隔週掲載

  

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