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【御朱印巡り】山梨・甲斐国一宮 浅間神社 信玄公も崇拝したパワー

浅間神社(右)と摂社の山宮神社の御朱印。旧字体の「淺」は古い歴史を意識したという
浅間神社(右)と摂社の山宮神社の御朱印。旧字体の「淺」は古い歴史を意識したという
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 この季節、ピンク色の桃の花に囲まれる笛吹市一宮町の象徴が浅間(あさま)神社だ。

 御由緒は平安時代、富士山の「貞観大噴火」(864~866年)にさかのぼる。これを鎮めようと、865年に約2・5キロ東側の山あいにある山宮神社から、御祭神の一人、富士山の神「木花開耶姫命」(このはなさくやひめのみこと)を、人里に遷座したのが始まりとされる。以降はこの地方で最高の社格を誇る「一宮」(いちのみや)として、人々からの信仰を集めてきた。

 「とにかくパワーがある神様です」。古屋真弘宮司が話すように、御祭神は山梨の歴史を語る上で、欠かせない存在となった。

 毎年4月15日の例大祭「おみゆきさん」。浅間神社のみこしを釜無川に渡御させ、洪水が相次いだ川の水防を祈願する。女性の御祭神に失礼のないようにと、担ぎ手は全員男性。色鮮やかな浴衣姿で化粧をして担ぐ。

 神社によると、平安時代に甲斐の国司が朝廷に願い出て始められ、戦国時代には武田信玄公が祭主を務めた。信玄公は釜無川沿いに「信玄堤」を構築したが、おみゆきさんのみこしは、土手を押し固めるように練り歩く。

 信玄堤がある現在の甲斐市は、神社から約20キロも離れている。信玄公は甲斐国一宮の浅間神社を崇拝し、神社には自詠の短冊などが残されている。だがそれだけでなく、大噴火を鎮めた御祭神のパワーに、治水の願いを託したのではないだろうか。

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