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【「鬼筆」越後屋のトラ漫遊記】万能新人・近本の躍動が続くうちに

 数々の歴史的な瞬間を見られた幸福感。勝ったり負けたりの中で原稿のネタを絞り出した日々への懐かしさ。そしてヤンチャな極悪記者をいつも優しく迎え入れてくれた甲子園球場と阪神タイガースの温かみ…そんな感じですね。

 細かな日時は書きません。脳裏に走馬灯のように浮かぶシーンをざっと挙げましょう。昭和60年の4月、シーズン初めての巨人戦でバース、掛布、岡田がバックスクリーン3連発。なぜか気になったのはマウンド上の槙原ではなく、捕手の佐野のキャッチングでしたね。スライダーなど変化球を捕る際に背中が大きく動いていました。どうしてそこが気になったのかいまだに分かりません。

 平成に入り、亀新フィーバー。八木裕の幻のサヨナラホームランは平光主審のジャッジが覆ったのですが、あの時、どうして阪神の中村監督や選手たちは素直に?ベンチに戻ってきたのか。一度ゲームセットと宣告された試合がどうして再開されたのか…。島野コーチはロッカー内のお風呂に入っていたのです。現在のようなリクエスト制度もない時代でした。確か試合終了は午前0時30分頃でした。阪神電車や地下鉄は終電が過ぎていたはずです。どうやって家に帰ったのか、どうしても思い出せません。

 平成7年1月の阪神大震災。午前5時過ぎの発生から約3時間後、甲子園球場にたどり着きました。すぐ近くの阪神高速の高架が崩落しているのに銀傘も照明灯もアルプスも微動だにしていませんでした。記者席に登ってみた球場の全景はいまだに瞼(まぶた)に焼き付いています。甲子園球場はすごい…。感動が胸に迫ってきましたね。ここが“職場”なんて最高だわ…と思った記憶があります。

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