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【こちら外信部】ペルー日本大使公邸占拠事件(前編)つかんでいた突入「Xデー」

報道陣を公邸内に入れ、会見する「トゥパク・アマル革命運動(MRTA)」の犯人グループ。左端がリーダーのネストル・セルパ=1996年12月(ロイター)
報道陣を公邸内に入れ、会見する「トゥパク・アマル革命運動(MRTA)」の犯人グループ。左端がリーダーのネストル・セルパ=1996年12月(ロイター)
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 毎年、ゴールデンウイークのころに思い出すことがある。1997年4月22日(日本時間23日)、軍特殊部隊の突入によって解決した「ペルー日本大使公邸占拠事件」の取材で、リマに滞在した7カ月余りの日々だ。前年の12月17日(同18日)に発生したこの事件は、外信部のみならず社を上げての総力戦の舞台となり、取材班は数々の特ダネ、読者の共感を呼ぶ記事を放った。ただ、回避してほしいと願っていた強行突入に踏み切る「Xデー」を情報源から知らされた時、弩級の特ダネとはいえ、いかに報じるべきか頭を悩ました。(外信部編集委員 佐渡勝美)

隣席に元国連事務総長

 1996年12月18日朝、泊り明け勤務で眠い目を擦りながら、筆者は夕刊編集作業に当たっていた。いち早くロイター電で大ニュースが飛び込んできたのは午前11時すぎだった。

 「リマの日本大使公邸が武装グループに占拠され、数百人が人質に」

 疾風怒濤の情報ちぎり投げで午後2時前に夕刊作業を終えると、一息つく間もなく、矢島誠司外信部長から「直ちにリマに飛んでくれ」の指令。そのまま、社会部の渡辺浩生記者(現外信部長)、写真部の酒巻俊介記者、佐藤一典記者とともにリマに向かった。

 急場で何とか席が確保できたルートは、成田-シアトル-フロリダ-リマ。乗り換え2回、計30時間を超すフライトだったが、フロリダからリマに向かう機中で思わぬ「つき」に恵まれた。

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