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腱鞘炎で画風を大幅変更…それでも「ガンダム」漫画家が描き続ける理由

「機動戦士ガンダム サンダーボルト」休載明けの、画風を模索していた時期の作画。線描が荒々しく、ラフ絵に近い印象を受ける(C)創通・サンライズ
「機動戦士ガンダム サンダーボルト」休載明けの、画風を模索していた時期の作画。線描が荒々しく、ラフ絵に近い印象を受ける(C)創通・サンライズ
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 「利き手である左手腱鞘(けんしょう)炎の悪化により、もはや細密画は描けません」-。漫画「機動戦士ガンダム サンダーボルト」の作者、太田垣康男さん(52)が、精密な画風を大幅に変えて連載を続けている。腱鞘炎は腕を酷使する漫画家の多くが悩む“職業病”だ。「漫画家・太田垣康男の新たな画風も気に入っていただければ」。太田垣さんの模索と挑戦が続いている。(文化部 本間英士)

32年ほぼ休みなし

 同作は、平成24年から青年漫画誌「ビッグコミックスペリオール」(小学館)で連載。「ガンダム」シリーズである同作は、独立を目指すジオン公国と地球連邦政府が争う「一年戦争」の末期から物語が始まる。骨太のストーリーが人気を集め、4月26日には最新13巻が発売された。

 どれだけ作画に力を入れているかは、原稿を一目見れば分かるだろう。「漫画業界では、『自分の絵はこれでいいと思った瞬間、読者が離れていく』という残酷な現実がある。少しでもバージョンアップしないといけない」-。この考えのもと、太田垣さんは画力を磨き続けた。

 「漫画を描き続けて32年。ほぼ休みなしで1日平均12~14時間、(利き手の)左手を使い続けてきました」

線を引けなくなった

 異変が起きたのは、2年ほど前だったという。左手に違和感が出始め、ほどなく痛みやしびれに変わった。症状は親指の付け根から肘に及び、線が思うように引けない。作画に筆圧のコントロールは不可欠だからだ。

 「ペン先が紙に触れるか触れないかでピタッと止めるなど、思い通りの線を引くためには力がいりますが、腱鞘炎の影響でそれがままならなくなりました」

 今作から作業環境をデジタル化した影響で「だいぶ延命できた」とはいうが、元のクオリティを維持するには、今までの3倍の時間をかけなければならなくなった。病院やはり治療に通い、一時は痛み止めの注射を打ってから仕事をしていたことも。昨年9月、やむなく休載を決断した。

 「自分の漫画家としてのプライドは画力、技術にある。だからこそ、(絵の基本である)線が引けないと分かったときは絶望的な気分になりましたし、『作家生命ってこういう形で終わるんだな』と思いました」

編集部は「青い顔」

 約3カ月間、自身の中で問い続けた。絵を描くという仕事が好きだ。「サンダーボルト」の連載も続けたい。だが、どうすれば続けられるのか-。

 家族やスタッフとも相談して出した結論が、「今の手が動く範囲で描く」という選択だった。以前、妻からかけられた言葉がその背中を押した。

 「『読者の人たちは絵だけを見てるんじゃない。物語を楽しみにしている人たちに向けて描けばいいじゃない』と言われました。2年間、がんじがらめになっていた『この絵を維持しなければ…』という執着が吹っ切れましたね」

 昨年12月に連載を再開。これまでの緻密な描写とは異なる、ダイナミックな作画に変わった。「編集部に原稿を見せたら、青い顔をされましたよ」と笑う。同誌には、腱鞘炎のため今まで通りの作画ができない旨を記した「おことわり」を掲載した。現在、絵の仕上げは新たな作画パートナーに委託しているという。

 「ただ」と太田垣さんは続ける。「面白いもので、今の描き方になってからも少しずつ画力は上がっています。それに、今の粗い絵の方が、戦闘の迫力や感情の動きが読者に伝わりやすくなっていると思います」

 「作画を捨てた」ことで、物語を練る時間は大幅に増えた。「積み上げた経験や知識は若いころより豊かになったし、描きたいテーマはまだまだある。左手が使えなくなったくらいで表現活動をやめるなんて、ばからしいと思うんです」

作画引退の可能性も

 太田垣さんが「ガンダム」に出会ったのは中学生のとき。その後、漫画好きが高じて19歳で上京。近未来の宇宙飛行士を描いた「MOONLIGHT MILE(ムーンライトマイル)」などを手掛けた。

 今作が他のガンダム作品と異なるのは、主人公が少年兵ではなく大人の兵士であること。「大人の読者に向けたガンダム」がテーマでもあるためだ。太田垣さんが描きたいのは、戦争という極限の状況を生きる人々の人生や、むき出しになった人間の感情だという。

 「史実や現実に基づいた戦争は制約が多いうえに、自分も戦争を体験していません。ガンダムの世界観を通すことで、自分の描きたいテーマを読者に受け入れてもらえると考えたんです」

 太田垣さんにとって最大のヒット作となった「サンダーボルト」。だが、今後は「作画からの引退」も視野に入れる。物語作りに専念するかもしれない、ということだ。

 「今後、手の状況がどうなるか分からない。いずれ作画から引退する可能性も高いと思います。野球で例えるなら、速球が売りの投手が変化球投手に変わり、引退したのちに監督やコーチになる流れで、うまく回すための仕組み作りは今からしています。それでも、作品を楽しみにしてくれる読者のために、私は漫画家として漫画を描き続けたいんです」

 言葉の端々から伝わるプロの意地と誇りが、33年目の「まんが道」を支えている。

 おおたがき・やすお 昭和42年、大阪府出身。19歳で上京し、漫画家の尾瀬あきらさんに弟子入り。21歳でデビューを果たした。代表作に「MOONLIGHT MILE」など。スタジオ・トア代表取締役。

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