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「甘さ、未熟さがあった」 類似表現物議の芥川賞候補作家

「美しい顔」の単行本が刊行され、産経新聞のインタビューに応じる作家の北条裕子さん(鴨川一也撮影)
「美しい顔」の単行本が刊行され、産経新聞のインタビューに応じる作家の北条裕子さん(鴨川一也撮影)
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 東日本大震災を題材とし既刊のノンフィクション作品との類似表現などが指摘された北条裕子さん(33)の芥川賞候補作『美しい顔』の単行本(講談社)が4月17日、刊行された。記述の類似が問題となっていた部分を中心に改稿し、雑誌発表時に未掲載だった参考文献5点を巻末に明記している。産経新聞のインタビューに応じた北条さんは「私に甘さ、未熟さがあった」と参考文献の編著者への謝罪の言葉を口にした上で、「批判はあってもどうしても単行本で届けたかった」と作品にかける思いを語った。 (文化部 海老沢類)

「フィクションに昇華する努力が不足」

 『美しい顔』は昨年の群像新人文学賞を受けた北条さんのデビュー小説。第159回芥川賞候補にも選ばれた。

 物語の主人公は津波で母親を亡くした女子高校生。母の死がもたらした深い喪失感と向き合いながら前に進もうとする少女の内面の叫びを、「私」という一人称で力強く描く。「被災地に行ったことは一度もない」という北条さんによる被災地の緻密な描写も評価されていた。ところが、執筆の際に示唆を得たという石井光太さんのノンフィクション『遺体』や被災者の手記集『3・11 慟哭(どうこく)の記録』などの参考文献を、作品を発表した文芸誌「群像」平成30年6月号で明示しなかったことが問題視された。また遺体安置所に遺体が並ぶ様子を「ミノ虫」にたとえる表現など、参考文献と似た記述が複数あることも判明。昨年7月の芥川賞選考会ではこうした記述の類似は「盗用に当たらない」とみなされたが、一部の委員から「事実の吟味とそれを自分なりのフィクションとしての表現に昇華する努力が足りなかった」との苦言も出た。

「離れすぎてはいけない」と思った

 「被災直後の遺体安置所の場面は、客観的な事実から遠ざかりすぎてはいけない、離れすぎてはいけないという気持ちがあった。私に甘さや未熟さがあり、参考文献を雑に扱ったと捉えられても仕方がないところがありました。そこは(改稿で)直さないといけないと思いました」

 北条さんはインタビューの冒頭、類似表現について謝罪。参考文献については単行本を出す際に明示すればいい、という考えがあったというが「著者や編者の方々に敬意と感謝の気持ちを示すために、参考文献を雑誌掲載のときから載せるべきでした」と話し、文献の編著者に文面で謝罪したことを明かした。

 単行本では、物語の大枠はそのままに、被災地の細かな描写などを書き換えた。「たとえ事実があったとしても自分のなかに一度落とし込み、一から表現する。自分がもしそこにいたらどうだろう?と考えて書き直しました」

「“恐れ”が書かせた」

 東北で起きた大震災のテレビ報道を、遠い東京の下宿で見たときの思いが作品の出発点になった、と北条さんは話す。同世代の友人がボランティアとして東北へ向かう中、自身はテレビを見続けることしかできなかった。「(震災を)体験していない私が書けば『被災地をネタにした』といった批判は必ず出る。その批判を覚悟で書きました。それでも『3・11』を扱った小説を書かずにいられなかった」と明かす。

 「書かせたのは私の中の『恐れ』だと思っています。私はこの主人公のように人生を変えるほどの喪失体験はしていないけれど、自分にとってかけがえのない存在を突然、暴力的に奪われることへの恐怖心がずっと昔からあったんです」

 「テレビであの震災を見たとき、心のどこかに隠されていたその恐怖が迫ってきた。あれほど暴力的な出来事に出くわしたら、私は一体どうなってしまうのか? それを想像せずにはいられなかった。だから一人称で少女の目を通して書いたんだと思います」

「出し切るまでは書く」

 昨年、インターネット上で「盗用、剽窃(ひょうせつ)」といった中傷が飛び交った騒動の渦中でも作品を「単行本として出版したい」という気持ちは揺らがなかった。

 「この小説は『3・11』を書きながらも『3・11』そのものではなく、一人の少女の喪失の物語です。読んだ方に喪失への向き合い方を考えるヒント、材料として利用してもらいたい。だからご迷惑をおかしけながらも出版したいと思いました」

 もともと思ったことをノートに書き記す習慣があった北条さんは、25歳のころに小説を書き始めた。昨年5月の群像新人文学賞授賞式では「物語というウソの話にすることで本当のことが言える。生まれて初めて言葉を得たような震えるほどのうれしさがあった」とスピーチし拍手を浴びていた。

 デビューの直前に生まれた第一子の子育てに追われながら、すでに次作を書き始めている。

 「そもそも小説家になりたいという思いはなかったんですね。だけど自分の中で言わずにいられないものを出し切るまでは、どんな批判や騒動があっても書かずにはいられない。ひとの悲しみや痛み、苦しみに寄り添うようなことも小説の力があればできるかもしれない。そういう信念を持って書いていく、ということはぶれないと思います」

ほうじょう・ゆうこ 昭和60年、山梨県生まれ。青山学院大卒。平成30年、「美しい顔」で第61回群像新人文学賞を受賞しデビュー。

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