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父・光晴、母、寂聴の三角関係描く 井上荒野さん新作

作家生活もはや30年。「執筆の原動力は人間への興味。それに尽きる気がします」
作家生活もはや30年。「執筆の原動力は人間への興味。それに尽きる気がします」

 「もうクタクタになったけれど、書けて本当に良かった。私が書かなければいけない作品だったんだと思う」。井上荒野さん(58)の新作『あちらにいる鬼』(朝日新聞出版)は、父である作家の井上光晴さん(1926~92年)とその妻、そして作家の瀬戸内寂聴さん(96)が織りなした不思議な三角関係をモデルにした長編小説。立場の違いを超えて女性たちを結びつけた内面の真実を印象的に描く。  (文化部 海老沢類)

 夫と娘を捨てて別の男と暮らしていた作家の長内みはる。彼女は講演会での出会いをきっかけに妻子ある気鋭の作家・白木篤郎と男女の関係になり、小説指導も受ける。一方、篤郎の美しい妻・笙子(しょうこ)は2人の仲に気付きつつも、夫が書いた小説を日々清書しては子育てに奔走する。みはるの出家、忍び寄る病…。昭和40年代から平成にかけての歩みが女性2人の視点で紡がれる。

 母親が亡くなってしばらく経った4年ほど前、荒野さんは「3人の関係を書いては」と編集者に提案されたが、当時は「スキャンダラスな話は嫌」との気持ちが先に立ったという。でも光晴さんとの思い出を大切そうに語る寂聴さんの姿に接するうち、執筆意欲がわいてきた。「それに私には母が謎だったんです。寂聴さんとも仲が良かったけれど、実際どう思っていたのだろう? 幸せだったのかなあって」

 だから、長女として育った家庭の記憶に想像力を織り交ぜて、笙子の内面を大胆に掘り下げる。妻や恋人に見せつけるように別の女性と関係を結ぶ篤郎。そんな彼に自分と同じようにみはるが愛された事実は、笙子のなかで嫌悪や反発につながらない。むしろ共感や連帯感に近いものが兆し、篤郎の亡き後も2人は友人関係を築く。「愛ってすごく個人的なもので、100人いれば100通りの形がある。醜さもひっくるめて愛だと思うんですよ。他人が立ち入れない何かで結ばれた2人と父との関係も、ある種の純愛だと思ってもらえたらうれしい」

 作中、笙子が篤郎の小説の一部を書いていたことを娘に明かす場面がある。固く口止めした上で。「あれは母の言葉そのまま。どの作品かは聞けなかったけれど思い当たるものが3つほどある」。原爆投下前の長崎を舞台にした有名な『明日 一九四五年八月八日・長崎』の一部もそう。子を宿した女性の心情が巧みに表現されているからだ。

 「口止めされたけど『母もすごい小説書いてたんだよ』って言いたかった。情景の切り取り方や考えの道筋とか、私に文学的資質があるとすれば母から受け継いだものが多い気がするんです」  

    

 いのうえ・あれの 昭和36年、東京生まれ。平成元年に「わたしのヌレエフ」でフェミナ賞を受けてデビュー。20年に『切羽へ』で直木賞、28年に『赤へ』で柴田錬三郎賞を受賞。

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