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【萌える日本史講座】琉球王国、世継ぎの屋敷跡発掘 沖縄戦・米爆撃の跡も

中城御殿の東端を区切る道路跡。石組みの排水溝(中央)が見つかった=那覇市
中城御殿の東端を区切る道路跡。石組みの排水溝(中央)が見つかった=那覇市
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 琉球王国(1429~1879年)の都が築かれた那覇市の首里城近くで、17世紀前半の王の世継ぎの王子が暮らした屋敷「中城御殿(なかぐすくうどぅん)」の石垣や、屋敷を区切る道路跡が沖縄県立埋蔵文化財センターの調査で見つかった。首里城一帯は昭和20年の沖縄戦の激戦地で、爆撃などで大半が失われた同御殿の構造を知る上で重要な手がかりになるという。平成29年度には、沖縄戦で爆撃された石垣も見つかった。「沖縄の遺跡には、戦争という重く厳しい歴史が埋まっている。古代ロマンだけでは語り尽くせない」と研究者は話す。(小畑三秋)

 調査は、県立首里高校の敷地内で校舎の建て替えに伴って25年度から実施。これまでに、高さ1・5メートルほどの石垣や井戸などが出土。1700年代に首里城一帯を描いた「首里古地図」と照合した結果、中城御殿跡と判明。見つかった石垣は、サンゴや貝殻の堆積で形成された沖縄独特の琉球石灰岩を加工したものだった。

 今回、範囲を広げて調査したところ、御殿を区切る道路跡が初めて出土。道路は南北に約23メートル分が見つかり、首里古地図に描かれていた御殿の東端を区切る道路と方向が一致し、御殿の正確な位置が分かった。

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