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「ギラギラしていた」倉本聰さん、萩原健一さんを悼む

倉本聰さん脚本の「前略おふくろ様」制作発表会に出席した萩原健一さん(左)と共演の梅宮辰夫さん=昭和50年9月撮影
倉本聰さん脚本の「前略おふくろ様」制作発表会に出席した萩原健一さん(左)と共演の梅宮辰夫さん=昭和50年9月撮影
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 大ヒットドラマ「前略おふくろ様」(昭和50年、日本テレビ系)を手がけた脚本家、倉本聰(そう)さん(84)が、3月に68歳で亡くなった歌手で俳優の萩原健一さんを悼んだ。同作で萩原さんは、それまでのアウトローな役柄から一転、朴訥(ぼくとつ)な板前の青年を演じ、俳優として大きく成長したとされる。

素直ないい子

 ショーケン(萩原さんの愛称)とは、彼が「会いたい」と連絡してきて会ったのが最初でした。(萩原さんにとって初の倉本脚本だった)NHK大河ドラマ「勝海舟」(昭和49年)より前です。何回か会う中で、「『勝海舟』で、岡田以蔵役をやらないか」と話したら「ぜひ、やる」と。人懐こい、素直な、いい子でした。

 その後、日本テレビからショーケンに「番組を」と打診があった。ショーケンが日テレに「倉本が脚本を書くなら」と条件を出した。そして、日テレから僕に依頼があり、できたのが「前略おふくろ様」でした。

 当時、テレビ局は、ドラマ制作の際、まず役者を“捕まえた”。すると、役者が、「誰それが脚本を書くなら」と出演の条件として脚本家を指名した。

 ショーケンは、僕のそれまでの作品のファンだったというか、一緒に仕事をしたい、という気持ちが強かったのでしょうね。

 ショーケンは、「『前略-』の脚本を」と、僕に会いに来た。あのとき、どんな話をしたのかなあ。映画監督の深作欣二さんのことを話したのは覚えている。彼は、深作監督に傾倒していましたからね。

 相変わらず、ギラギラしているなと思った。あの頃、映画「青春の蹉跌(さてつ)」(49年、神代辰巳=くましろ・たつみ=監督)でショーケンと共演した女優、桃井かおりもギラギラしていたし、こっちもギラギラしていました。

 当時、テレビは“安定期”に入って、ギラギラしていない俳優が増えた。そんな中、ショーケン、松田優作、(桃井)かおりなどは、ギラギラしていた。

 僕は、そんなギラギラした人間を集めたドラマを作りたかった。だから、「前略-」には、桃井、室田日出男や川谷拓三を連れてきた。そして、「前略組」ともいうべき一体感が生まれました。

天才、野獣

 当時、僕は札幌市に住んでいて、毎週1回の「前略-」の「ホン読み」(役者による台本の読み合わせ稽古)のために東京に出た。

 台本は、そのままでは「寝ている」状態。それを、役者が立ち上げる。ホン読みに参加すると、立ち上がった形のものを聞くことができる。役者が、どういう立たせ方をしたかを見ることができる。役者に「それは違う」と言える。それを言わないと、作品は良くならない。僕が行かなかったら、「前略-」は、つまらない作品になっていたでしょう。

 そのホン読みで、ショーケンは、さまざまなアイデアを出してくる。その人物は、何を考え、どう動くのか。とても深いところまで考えていた。

 唯一、ナレーションについては、録り直してもらったけれど、それでも2、3回でこつをつかんでしまった。

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