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マカロニ刑事を「辞めたい」と 岡田晋吉さん、萩原健一さんを悼む

萩原健一さん(昭和47年撮影)
萩原健一さん(昭和47年撮影)
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 一世を風靡(ふうび)した刑事ドラマ「太陽にほえろ!」(昭和47年、日本テレビ系)のプロデューサーだった岡田晋吉(ひろきち)さん(84)が、3月68歳で亡くなった歌手で俳優の萩原健一さんを悼んだ。岡田さんは、萩原さんを「太陽に-」でマカロニ刑事役で起用。俳優として羽ばたくきっかけを作った。

途中で「辞めたい」マカロニ刑事

 「太陽に-」の新人刑事役を誰にするか悩んでいたときに、映画「約束」(同年、斎藤耕一監督)で萩原君を見た。「彼だ!」と。会うと、「自分は、登場人物に“化ける”ことはできない。“俺自身”を使ってほしい」と言う。自身の行動として登場人物を動かす。一緒に仕事をしていて、そこが一番おもしろかったですね。

 「太陽に-」は、若者の成長物語なんですが、彼は半年あたりで、「もう一人前になった。やることがなくなっちゃったよ」と言い出した。そして、「辞めたい」と。

 実は、夜8時台の番組なので、子供に影響するような行為はしないでくれと注文をつけていた。彼は納得せず、つばを吐き、たばこを道に投げ捨てた。それを私が放送前に見て、全部カットした。彼は、「自由じゃない若者像は、いやだ」と不満だったのです。

 ほかの番組で起用しようと考えていた松田優作を後任に据えれば、「太陽に-」はなんとかなると考え、「辞めたい」という意向は認めました。

 ただ、もう少し続けてもらわないと困る。そこで、ぶら下げた“ニンジン”が、10時台の「傷だらけの天使」(49年)の企画でした。遅い時間の番組なら、彼の意向をかなえられるのでは、と考えたわけです。

 すると、今度は「殉職する。殺されて去るのだ」と言い出した。それは、面白いなと思いました。1970年代は、「挫折」が大きなテーマでした。「カッコ悪く死んで、でも、『俺は死にたくないのだ』ともがく姿で、挫折を乗り越えようとする表現をしたい」と。

水谷豊を全力で追いかけた

 萩原君は当時、仕事に燃え盛っていた。全力をぶつけたがっていた。熱量なら、ほかのレギュラー陣に勝てると。

 「太陽に-」の1話めで、監督が「走るところを撮りたい」というと、ゲスト出演の水谷豊を追いかけて全力走るんです。豊は子役から活躍していて、もうベテランだったから適当に走る。萩原君が全力で走ってくるものだから追いつかれてしまう。「まいったよ、本気でくるんだもん」と言っていましたね。

 撮れた映像はすごかったですよ。2人が、すごい追いかけっこをする。素晴らしかった。

 やはり、「太陽に-」の成功は、彼に負うところが大きい。「音楽に力がないとつまらない。友人の音楽でやりたい」と作曲家としてバンド仲間だった大野克夫さんを推薦したのも彼でした。

 彼の「太陽に-」における貢献は、音楽、殉職のアイデア。そして、すべてに全力だったこと。彼からは、エネルギーの爆発みたいなものを教わりました。

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