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【映画深層】「ワイルドツアー」 山口発のアートな娯楽作

映画「ワイルドツアー」から。ワークショップに参加したうめ(右端、伊藤帆乃花)、シュン(中央、安光隆太郎)、タケ(栗林大輔)は… (C) Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]
映画「ワイルドツアー」から。ワークショップに参加したうめ(右端、伊藤帆乃花)、シュン(中央、安光隆太郎)、タケ(栗林大輔)は… (C) Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]
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 公共の美術館などが手がけた映画と聞くと、難解な芸術作品-というイメージを抱きがちだ。だが、山口市の山口情報芸術センター(YCAM)がオール山口ロケで作った「ワイルドツアー」(三宅唱(しょう)監督)は、実験的なテイストながら、ひと味違う。しかも、3月30日からの東京を皮切りに全国で順次劇場公開される予定だ。「見せ方も含めて、新しい表現につながるような気がする」と作品を企画したYCAMの映画担当、杉原永純(えいじゅん)さん(36)は狙いを語る。(文化部 藤井克郎)

かけがえのない瞬間

 「ワイルドツアー」の面白さは、簡単には説明できない。出演者は地元の中高生らで、演技経験などほとんどない。大学1年生の中園うめ(伊藤帆乃花(ほのか))は、植物を調査するYCAMのワークショップ「森のDNA図鑑」で進行役を務めている。参加者の1人、中学3年生のタケ(栗林大輔(おおすけ))とタケの友人、シュン(安光(やすみつ)隆太郎)と一緒に山口の自然を探索することになるが、ここから予想を裏切る意外なドラマが広がっていく。

 「森のDNA図鑑」は実際にYCAMで行われているワークショップで、タケやシュンらを演じた中高生は、YCAMが開いた映画製作のワークショップに参加した地元の子たちだ。

 昨年、「きみの鳥はうたえる」が評判を取った三宅監督は、平成29年夏から山口に滞在してYCAMのスタッフとの関係を構築。ワークショップに集まった中高生たちを軸に、週末ごとに新たに脚本を書いては撮影に臨み、自らカメラを回して実験的な娯楽作品を紡ぎ上げた。

 「自分で撮ったものをその日のうちに編集し、平日は次の撮影場所を探しにいくといった具合で、三宅監督の“運動神経”が問われる現場だった」と杉原さんは振り返る。

 「『きみの鳥はうたえる』で、柄本佑(たすく)さんらプロの俳優のかけがえのない瞬間を収めたように、今回は全く無名の子たちの、この瞬間にしか撮れない表情が映っている」

 その理由を杉原さんは、「YCAMのスタッフがサポートする形で三宅さんが1人で撮ったから、ということもあると思う」と推測する。

滞在型の映画創作

 この作品は、今の時代における映画のあり方を模索するYCAMのプロジェクト「Film Factory」の第4弾に当たる。26年にYCAMに招請された杉原さんが始めた。美術界で見られる、アーティストがその地に滞在して作品を制作する方式を、映画に適用。映画製作とは無縁だったYCAMのスタッフと映画作家が交流することで、相互に新たな発見をもたらすことを期待した。

 例えば第2弾の「潜行一千里」という作品は、富田克也監督がタイとラオスで撮影した映画「バンコクナイツ」のロケにYCAMスタッフが同行。そのメーキング映像などで構成した。

 第3弾では、俳優の染谷将太(そめたに・しょうた)監督に作品を依頼。短編「ブランク」を完成させるとともに、その撮影する様子を360度カメラで収めたVR(仮想現実)作品にした。

 今回も「ワイルドツアー」と並行して、三宅監督やYCAMのスタッフがスマートフォンで撮影した日常の映像をつなぎ合わせた「ワールドツアー」という作品を同時に創作した。

 いずれも、YCAMで「展示上映」という形で公開した。「ワールドツアー」は、今年2月の恵比寿映像祭(東京都渋谷区)でも展示された。

 一方、映画本編である「ワイルドツアー」の方は、YCAMでの特別上映会などに続いて、この3月末から全国で順次劇場公開される。「映画館で映画を見る経験自体、かけがえのないものだと思っている」と、杉原さんは映画館で上映する意義を強調する。

どう見せるか

 もともと東京芸術大学美術学部で美学や芸術史を学んだ杉原さんは、同大学院の映像研究科に1期生として進学。実習作品などの映画製作に打ち込み、修了後は海外の映像作家が日本で作品作りを行う際のコーディネートなどに携わる。23年には、映画館「オーディトリウム渋谷」の編成を担当。三宅監督の「Playback」(24年)を上映したりして、さまざまな映画人との交流が生まれた。

 杉原さんは、そのとき「映画を作りたい人は山ほどいるが、映画を見せる側の人間は数が少ない。どう見せるかを必死に考えるのが、もしかしたら自分の仕事かもしれない」と思った。

 三宅唱という希代の才能が、山口の人や自然という環境と出合って奇跡的に生み出された作品を、見たい人にちゃんと届けたい。その意味でも、劇場公開は非常に大事なイベントだ。

 「間違って見てくれた子が、自分も映画に出たいと思うかもしれないし、映画を作りたい-と、なるかもしれない。こんな映画があるんだと、喜んでくれる人が出てくることが、一番の望みですね」

 杉原さんは5年間の契約が切れて3月末でYCAMを去るが、満足そうな笑みを見せた。

 杉原永純(すぎはら・えいじゅん) 昭和57年、福井県生まれ。東京芸術大学美術学部芸術学科卒業後、同大学院映像研究科でプロデュースを専攻。

 平成23年からオーディトリウム渋谷(東京都渋谷区)のスタッフとして上映作品の編成を担当し、富田克也監督「サウダーヂ」(23年)、三宅唱監督「Playback」(24年)、大根仁監督「恋の渦」(25年)など、若手監督の意欲作を上映する。

 26年、山口情報芸術センター(YCAM)の映画担当として着任し、YCAM Film Factoryなど、映画関連の企画を行う。今年3月末で退職。

 4月からは、愛知県で3年ごとに開かれる国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の映像プログラムを担当する。

 山口情報芸術センター(Yamaguchi Center for Arts and Media) 通称YCAM(ワイカム)。平成15年、山口市に開館したアートセンターで、建物の設計は磯崎新。展示空間のほか、映画館、図書館、ワークショップスペースなどを併設し、コンピューターやネットワーク技術、映像をはじめとするメディアテクノロジーを用いた新しい表現の探求を軸に活動している。

 「ワイルドツアー」は、3月30日からユーロスペース(東京都渋谷区)、5月4日からシネ・ヌーヴォ(大阪市西区)、出町座(京都市上京区)、初夏に元町映画館(神戸市中央区)など順次公開。

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