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【外交安保取材】日本政府が触れたくない過去…かつては「北方領土は二島」の見解

北海道・根室半島の納沙布岬(左下)沖に広がる北方領土。歯舞群島(中央)、色丹島(右上)、国後島(左奥)。はるか右奥にうっすらと択捉島が見える
北海道・根室半島の納沙布岬(左下)沖に広がる北方領土。歯舞群島(中央)、色丹島(右上)、国後島(左奥)。はるか右奥にうっすらと択捉島が見える
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 日露間の平和条約締結交渉が進み、北方領土問題の行方が焦点となっている。日本政府は「北方四島は日本固有の領土」との立場を維持しているが、実は戦後間もなく、「択捉(えとろふ)島と国後(くなしり)島の主権を放棄した」と公式に表明した時期があった。政府が過去の経緯に自ら触れることはないが、「四島返還」を難しくしてきたのは、戦後大きく揺れ動いた日本側の態度にもある。

苦しい「政府の法的立場」

 政府は2月22日、一枚の答弁書を閣議決定した。

 「北方領土問題に関する政府の法的立場に変わりはない」

 立憲民主党の初鹿明博衆院議員(49)が「北方四島はわが国固有の領土か」とただした質問主意書に対する政府の公式見解だ。「わが国固有の領土」とストレートに表現できないところに、政府の置かれた立場の難しさが表れている。

 政府が主張してきたように、択捉、国後、歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)の北方四島は、かつて一度も他国の領土となったことがない。1855年の日露通好条約で択捉島とウルップ島の間に国境線が引かれたあと、1875年の樺太・千島交換条約でも、1905年のポーツマス条約でも、北方四島は日本領のままだった。

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